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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第657回:飛行機の座席について思うこと

更新日2020/05/14


3月に日本に行く予定でしたが、コロナ禍のためキャンセルになってしまいました。それに6月の『バッハ・フェスティバル』も中止になり、ヨーロッパへの旅も大幅に延期です。当分、飛行機の旅はお預けになってしまいました。ウーム、残念!

とは言っても、歳と伴に、空の旅がだんだん苦痛になってきたことを認めないわけにいきません。3時間以上になると旅に出る興奮が冷め、5時間で拷問のように“忍”の一字で、耐えがたきを耐え…る心境になってきます。 

これは私たちがいつも格安の航空券を買い、一番後ろのトイレ近くのすし詰め、イヤいわしの缶詰席に乗るからでしょう。やんごとなき風情のビジネスクラス、ファーストクラスのお方々は、早くに席に着き、優雅にシャンパンとオレンジジュースのカクテルにおツマミなどを召し上がってあらせられる横を、我々貧乏旅行者はノタノタと後方の座席に身を運ぶのです。

それに機乗する順番も細分化されてきていて、身体障害者と小さなお子様連れ、これは分かります、彼らに続きファースト、ビジネス、エグゼクティヴ、エコノミープラス、などなど9段階に分け、最後のわれわれは貨物クラスなのか?と言いたくもなります。

そして、やっと自分の座席に辿り着いたら、3人、4人掛けの席の真ん中だったりします。おまけに両隣にアメリカ的ウルトラデブが肘掛から盛大にお腹の肉を私の領域にはみ出していたりするのに出会うと、空の旅は飛ぶ前からげんなりしてしまいます。

ダンナさんは以前、仕事の関係でよく飛んでいましたが、嘆息するように、「隣に若い美型が座る可能性は限りなくゼロに近いけど、どうしてデブと隣り合わせになる可能性がこうも高いのだろう?」とグチっていました。それは世の中に、特にアメリカにデブが多く、スラリとした美人が絶滅し始めているからです。

やっと自分の座席にわが身をねじり込むことに成功しても、ヤセッポチで身長もアメリカの平均165cmの私の膝が、前の座席の背もたれにツカエてしまいます。甥っ子たちは皆190cm以上、その中でもマックスは2m近くありますから、一体どうやって彼がこの狭い座席に身体を折り曲げて座るのか、不思議なくらいです。これがアジアの小柄な人たちを主な乗客にしている航空会社のことではなく、アメリカの大手、ユナイテッド、アメリカン、デルタなどの国際線のことなのです。

一昔前まで、飛行機の座席はこんなではなかったような気がして、調べたところ、ビンゴ! 20~30年前は座席の間隔が36インチ(約91.5cm)あったのが、今では28インチ(71.12cm)となんと20cmも縮まっているのです。20cmの差は大きいです。その分余計にたくさんの乗客を詰め込めるのですから、満員御礼、ギュウギュウ詰めをモットーにしている航空会社にとっては“やらなきゃソン、ソン”なのでしょうね。

航空会社の言い分では、その分だけ航空券を安く提供できるし、もう少し余分に払えばエコノミープラスという従来の36インチ間隔に近い座席を確保することができる、だから、お客さんに選択肢、激安の狭い座席で我慢するか、チト余計に払って少し広めの座席に乗るか、それでなければ大枚払ってビジネスクラスにするか、それはお客さん次第だということになります。早く言えば、「モンクあるか? ゆったり旅行したかったら金を出せ!」と言っているのです。

ですが、ここに座席のリクライニングの問題があります。座席にリクライナー・ボタンが付いていているのですから、離着陸以外の時に、それを押して少しでも背中を後ろに倒し、スペースを確保しようとするのは当然です。しかし、後ろの座席の人が、コーヒーなどの熱い飲み物を小さな折りたたみ式のテーブルに載せていたら、悲劇が起こります。あのリクライナーは粗雑なメカニックなのでしょう、今ではチョッとした車の座席の調整は電動式でゆっくりと徐々に角度、位置、高さを変えることができるのに較べ、飛行機の座席は、背中に力を入れて押し、ガクンという感じで、後ろに倒れます。 到ってスムースならざる動きなのです。

裁判好きなアメリカ人のことですから、狭い座席、リクライニングに関して必ず何かある…と探すまでもなく、ほとんとトップニューズとしてインターネット、ザ・ウィーク、USA Todayに大きく載っていました。

アメリカン・エアーラインズに乗っていたウェンディー・ウイリアムズさんは彼女の後ろの席に座っていた男性が、彼女の座席をボクシングのトレーニングさながらパンチを繰り出してボコボコやるので、スチュワーデス(今はフライトアテンダントと言うのかしら)に止めてもらうように頼みました。スチュワーデスに注意された彼氏は憤り、ますます激しくウエンディーさんの背もたれを叩き出したのです。

今のご時勢、“壁に耳あり、障子に目あり、皆の手にスマホあり”ですから、その情景をスマホのカメラで45秒に渡って撮影し、Youtubeで流し、同時に航空会社と後ろの座席の男性を相手に取り、裁判に打って出る構えを見せたのです。

これが大反響を呼び、私も、俺も、僕も、前の人が急にリクライニングシートを後ろに倒し、熱いコーヒーを膝に溢した、狭い座席のために、膝関節、足への血液循環が悪くなり、如いては脳溢血の誘引になるだの、喧々囂々の議論になりました。

座席がリクライナーになっていて、そのためのボタンがあるから、それを押し、背もたれにホンノ少し角度を持たせ、わずかでも楽な姿勢で旅をしたいというのは当たり前の感情です。機内食が配られる時だけ、背もたれを垂直に(ほとんど直角にですよ)するのは致し方ないにしろ、それにしても、あんな窮屈な体勢で長旅などできるものではありません。いっそのこと、つり革を装備して、立ち席の方が楽なくらいです。

日本で度々経験したことですが、私の前に座った人が、「リクライナーを後ろに傾けてもいいでしょうか?」と訊いてくるのです。たとえ“否、絶対だめ”とは断ることなどできないのが分かっていても、一応尋ねるのは礼儀、文化度の高さを感じさせます。他の国の人たちにはまず真似できないことでしょうね…。

考えてみるまでもないのですが、窮屈な座席のうえ、前の座席の背もたれが顔を打つくらいに迫ってくるリクライナーを提供している実態を無視し、解決を乗客同士のエチケット、マナーに押し付けることなどできないスジのことです。

私たち、貧乏旅行者でも、屠殺場に向かう牛ではないことを航空会社のエライサンたちは分かっているのかしら、もう少し人間的に扱って貰いたい…と思うのです。ウチのダンナさん、「人間工学を無視したこんな座席をデザインしたヤツ、それを良しとして設置した飛行機会社の担当者のケツを蹴っ飛ばしてやりたい…」と憤っていますが、これこそ持って行き場のない怒りです。

これから航空会社、どこまで座席の間隔を狭ばめてくるのか興味津々です。それより先に、私たちの方が飛行機で旅のできない歳になるのかもしれませんが…。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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