のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第577回:山の中のミニ音楽祭

更新日2018/09/06



山の我が家に帰ってくると、いつもその静けさに感じ入ります。まさに、サウンド・オブ・サイレンスの世界で、シーンという静かさが耳の奥で鳴り響いているかのようなのです。時々、コヨーテが遠吠えをすると、周りの牧場で飼っている犬たちがそれに応えるように合唱を始めることがありますが、その他の時は、それはそれは静かです。ウチの古い冷蔵庫の音が煩く、夜に冷蔵庫を止めようか…と思うほど山と森が静まりかえります。

ところが毎年、8月の終わり頃、3日間だけ大型スピーカーで鳴らせたカントリー&ウェスタン、ブルースが微かに聞こえてきます。3キロほど離れた隣人が自分の広々した庭に大きな野外音楽堂、ステージを建て、と言っても屋根だけの大型キャンピングカー用のカーポートの一方をキャンバスで塞いだだけのものですが…、“ピックン・オン・ザ・ピニヨン(Pickin’ on the Pinyon)”と銘打って、カントリー、ブルースのミニ音楽祭を始めたのです。

元々、カントリー&ウエスタンの大ファンで退役軍人のビル叔父さん、自分の庭でチャリティー音楽祭をやったらどうか、案外人がここまで登ってくるのではないか…と始めたものです。

それが5年前のことで、誰がこんなところまで来るものかと思っていたところ、意外や意外、大盛況で毎年、舞台も大きくし、会場も拡大し、何十台ものキャンピングカーが並び、3日間のミニ音楽祭を盛り上げているようなのです。

会場を覗いてみたところ、富士山型の尖がった白いテントが8張りも並び、“Pickin’ on the Pinyon 2018”出演者たちのTシャツやバッジ、記念品、どういう関係なのか、ハンティングナイフの銘品、もちろん、ビール、ホットドッグなどを売っていました。また、各自が持ち寄ったお宝(骨董品のようなピストル、サーベル、ハンティングナイフが多いですが)のオークションがあり、売り上げはすべてチャリティーに行きます。

この音楽祭は負傷した軍人のためのチャリティーで、カントリー音楽では相当名の通った垂涎のスターシンガー、バンドも応援演奏に駆け付けてくれているようです。“ウィスキー・シェイカー”、“ザ・スクーター・ブラウン・バンド”、“スチュワート・レイ”、トリは“マイク・デーン”と、その筋では人気の演奏家のようです。そして、この音楽際では、ミュージシャンとお客さんが一緒にビールを飲みながら歓談し、一人称で「おい、ビル…」「なんだよ、マイク…」と話しているのです。

入場料は3日通しで40ドルほどで、バーベキュー・ランチパーティー付きです。座席などはなく、観客は各自折りたたみ式の椅子を持参します。

元々、足腰の軽いアメリカ人のことですから、車のナンバープレートを見るとコロラドだけでなく、テキサス、オクラホマ、アリゾナ、ニューメキシコとはるばる他の州から長いドライブで駆けつけている人たちも半数くらいに及びます。  

その会場にキャンプして泊まるのですから、コンサート会場で存分に飲んでも大丈夫、椅子をたたんで、キャンピングカーに戻って寝るだけで、酔っ払い運転で七十七曲りの国立公園の崖道を降りなくて済みます。それに、他の州から来ている人たち、とりわけリタイアした軍人にはマリファナファンが多いので、コロラドで合法的なマリファナをたっぷり吸って、音楽の余韻に浸りながら、寝ることができるというものです。

会場は私たちの散歩道筋にあり、夕方、暑さが抜け、涼しくなる時間にそのすぐ脇を通ると、タダでカントリー&ウエスタンの生演奏が結構良く聞こえます。夜も12時にはピタリと演奏を終えるので、近所迷惑ということはありません。それに1年にたった3日だけのことです、 大いに盛り上がって欲しいとさえ思っています。

赤字にならず継続できたらいいな…と、カントリー&ウェスタンのファンではない私も応援したくなります。ところが、主催者であるビルの姪っ子サラ(彼女がWebサイトを作り、財政面を担当)によれば、5万ドル以上の収益があり、傷痍軍人協会に送ることができる…と言ってましたから、マズは大成功でしょう。

一見、突拍子もない、ほとんど思いつきのような企画でも、計画をきちんと立て、実行に移すと案外上手くいくものです。この超ミニコンサートもたいした宣伝もしていないし、ほとんどが口コミだけで集客しているようなのですが、ご近所さんだけでなく、谷間の町の人々に知られるようになり、今年は誰が来る、早めに行って良いキャンピングカーの場所を確保しなければ…と話題になっています。

こうなると新聞でも、定年生活者向けのミニコミ週刊誌も取り上げ、普段、車があまり通らない私たちの家近くの郡道に大きなキャンピングトレーラーが押し寄せ、時ならぬ交通渋滞(チョット大げさですが…)さえ起こるようになりました。

主催者…というのでしょうか、仕掛け人家族によると、今年の有料入場者は859人でした。とは言っても、まだこの台地の住人が好きでやっている超ミニコンサートの範囲です。

今こうして書いている間にも、ドラムとベースのドンドンという音が響いてきます。日本の盆踊りの太鼓が遠くから聞こえてくるような気分になります。もっとも、ドラムはアメリカ的なフォービートです。

このカントリー&ウェスタンのミニ音楽祭は、夏の終わりを告げる風物詩のような存在になってきました。

-…つづく

 

 

第578回:たかがラーメン、されどラーメン…

このコラムの感想を書く


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで

第501回~第550回まで

第551回:山の異変と狼回復運動
第552回:雪崩れの恐怖
第553回:ウィッチハント(魔女狩り)ならぬウィッチ水脈探し
第554回:フリント市の毒入り水道水
第555回:無料で行ける公立大学
第556回:“偏見のない思想はスパイスを入れ忘れた料理”
第557回:新鮮な卵と屠畜の現状について
第558回:ベティーとマイクのマクドナルド・ファーム
第559回:時計を読めない、正しい英語が書けない世代
第560回:日本の英語教育に必要なこと
第561回:スクールバスと幼児誘拐事件
第562回:アメリカではあり得ない“掃除当番”
第563回:プライバシー問題と日本の表札
第564回:再犯防止のための『性犯罪者地図』
第565回:“風が吹けば桶屋が儲かる”_ Kids for Cash
第566回:卒業と就職の季節
第567回:歯並びは人の品格を表す
第568回:アメリカ異人種間結婚事情
第569回:アメリカのマリファナ解禁事情
第570回:一番幸せな国、町はどこですか?
第571回:日本人は“絵好み(エコノミー)アニマル”
第572回:お墓はいりませんか?
第573回:火気厳禁~異常乾燥の夏
第574回:AIの進化はどこまで行くの?
第575回:暑中御見舞いとゾッと涼しくなる話
第576回:落雷か? 熊か? ハルマゲドンか?

■更新予定日:毎週木曜日



  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【イビサ物語
 【亜米利加よもやま通信 】 【ひとつひとつの確かさ 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

   

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2018 Norari