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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第554回:フリント市の毒入り水道水

更新日2018/03/22




ローマ帝国が滅びたのは、ワインを貯蔵していた壷の上薬に鉛を使っていたせいだ…という説をマジメに論じている人たちがいます。確かに、鉛入りの飲み物を飲んでいると、特に脳や神経が侵され、髪が抜け、“お岩さん”のようになると言われています。
 
鉛の害はそれほど恐ろしく、しかも体内で蓄積され一生残ると言われています。そんな鉛がたっぷり入った水道水を供給していた町があります。ミシガン州のフリント(Flint)という自動車の町です。この町はGM(ジェネラル・モーターズ)の大きな工場があり、“シヴォレー”と“ビュイック”はこの町で作られています。フリントは町の住人の大半が、何らかの形で一つの企業に関係している、独占産業都市の典型です。
 
フリントでは長年に渡って隣の大都市デトロイトから水道水を買っていました。その未払いのツケが4年間で19ミリオンドル(20億円相当)になり、それなら自分のところに流れているフリント・リヴァーの水を浄水して使おうということになり、州の肝いりでエド・カーツという政治がらみの技師が町にやってきました。それが2013年の6月のことです。
 
翌年、2014年4月25日にフリント市はデトロイトからの水(ヒューロン湖の水です)をフリント川の水に切り替えたのです。その直後に、住民から水道水が奇妙な臭いがし、色もベージュ、薄いグリーン、薄茶と、透明にはほど遠いと、たくさんのクレームが寄せられています。

同じ年の夏には、フリント市のお医者さんのもとに、抜け毛、偏頭痛、立ちくらみ、皮膚炎、下痢などの症状の患者さんが多く押し掛けるようになり、市は水道水を煮沸して飲むように指導しています。その時すでに、市は水道水に大量の鉛、大腸菌が含まれていることを掴んでいたのですが発表せず、飲んでも大丈夫だと何度も繰り返して言明していたのです。

ところが、その年の10月に、フリント市のスポンサー的存在であるGMの工場が、エンジンのパーツが腐食を起こすという理由で、水道水の使用をすっぱりと止めているのです。

そして、市議会もフリント川からデトロイト市の水道に切り替える決議を下しています。

合衆国政府の環境省、ヴァージニア工科大学、医師会などが、市民運動に続々と加わり、フリント市の水道水が非常に危険な毒を含んでいることを表明しましたが、州知事のリック・シュナイダーはこんな市民運動を戒厳令まで発令して抑えようとさえしました。水道水に毒が入っているとはっきりしているのに、それを認めようとしなかったのです。

実際に、もう一度デトロイト市の水に切り替えたのは、2015年の10月16日なってからでした。時のオバマ大統領が、普段はハリケーンや大洪水、大火災にしか適応されない、国家緊急事態特別予算をフリント市の水道に振り向けるよう取り計らいました。しかし、実に19ヵ月もの間、フリント市は毒入り水道水を供給していたことになります。

どうしてこんな酷いことになるまで、市民の命にかかわる重要事項(現在まで10名死亡、重態86人、市民団体はこの数十倍の死人、病人が出ていると言っていますが…)を州知事のリック・シュナイダーやフリント市の市長、水道局が放って置いたのか、一番大きな理由は、 この町の住人の80%内外が貧しい黒人だからでしょう。 

フリント市の毒入り水道水は人種問題なのです。市の住人の平均収入は年2万4,834ドルで、これはミシガン州の平均の半分です。それでも、リーマンショックで自動車業界が大打撃を受けるまでは、市の人口も20万人以上あり、市の税収入もそれなりにありましたが、GMが大量にクビ切りを断行し、市に残る住民が半分になってしまいました。フリント市は2011年には17ミリオンドル(17億円相当)の負債を抱え、財政破綻を宣言しています。 

貧乏な人たちを代表し、社会運動を結実させるのは、“ミッション・インポッシブル”なことは歴史上明らかです。これが、ニューヨーク郊外のお金持ち地区やコネッチカット州の別荘地帯、カリフォルニアのマリブ界隈なら、毒入り水道水なんて初めから起こり得ません。たとえ万が一起こっても、速やかに改善され、水道局長、市長、州知事まで即、クビが飛ぶでしょう。

フリント市のような事件が、海外で、アジアやアフリカの貧しい国で起こったなら、汚染された水道水問題とは呼ばれずに、“民族浄化”(ethnic cleansing)と呼ぶでしょうね。

さらに問題解決を長引かせ、輪をかけたのは政党間の争いがあったからです。ミシガン州知事、フリント市長ともに共和党で、時の大統領オバマは民主党でしたから、民主党系の合衆国政府の役人、技官の指示を、州の内政干渉をするなと拒絶していたのです。 

フリント市の水道水問題は明らかに政治が生んだ問題です。科学的にフリント市の水道水はとても飲めるようなシロモノではないことは、浄水場から水道に配水する時点で歴然としていたのです。この水を使う連中はロクに税金を払らっていない貧民層だから、彼らが苦情を言い出すことはないし、そんな権利もないと考えていたと言い切っていいでしょう。

いつも犠牲になるのは、底辺にいる貧しい人たちなのです。

シュナイダー知事やフリント市のお役人、水道局のエライさんに、鉛のたっぷり入った水道水を飲ませてやりたいと思うのは私だけでしょうか。

-…つづく

  

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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