第553回:ウィッチハント(魔女狩り)ならぬウィッチ水脈探し
私たちが住んでいる高原台地には、当然のことですが、水道がありません。乾燥した岩だらけの土地のうえ、標高も2,000メートルほどあるので、水脈を見つけそこをめがけて井戸を掘るのはとても大切な、ほとんど生命線になってきます。
いくら見晴らしがよい広大な土地でも、あそこは水が出ないとなると、二束三文の価値しかなくなります。幸い、ボーリングの技術が発達してきて、深いところまで穴を掘るのはそう難しいことでなくなりましたが、それにしても井戸掘りボーリングはたいそうお金のかかる作業になります。
私たちの井戸は60メートルほどの深さがあり、1分間に5ガロン(18リットルくらい)の水が出ると郡の鑑札を頂戴しています。そうなのです、井戸掘りにもいちいち郡の許可が必要で、郡に届け出をして鑑札を貰わなければなりません。滅多矢鱈に土地に穴ボコを開けるわけにはいかないのです。
どうやって水脈を見つけるかが大きな問題になってきます。この界隈の人たちは、どこのボーリング掘削業者が良いとかダメだとか、情報をしっかり掴んでいます。ボーリング業者のやり方は、なんとこちらで“ウィッチ”(魔女)*1と呼んでいる方法を未だに使っているのです。 L字型に曲がった銅の太い針金を手前に平行になるように両手に持ち、静かに歩き、銅線がスーッと開き横一直線になったところに水脈がある…というのです。深いところにある水脈が地上の人間が手に持った銅線にどう影響を及ぼすのか、私に訊かれても全く分かりません。この銅線、ウィッチ魔女方式は市の水道局が昔の下水パイプを探すのにも使われています。
優秀なウィッチは銅線の動き方、急激に銅線が開たり、震えたりするのだそうですが、それで水脈の深さ、出る水の量まで相当正確に当てるといいます。一度ウチに来てもらったボーリング業者さんも、物凄い機械類、ボーリングのドリル、クレーンだけでなく、地面に衝撃を与え、その音波を計るハイテックな道具を満載したトラックにL字に曲がった銅線を積んでいました。
何にでも興味を持つウチのダンナさん、ボーリングの業者さんに試しに見せてくれと頼み込み…なるほど、手に持った銅線がスーッと開くのを目の当たりにして、オレにもやらせろとばかり、神妙な顔をして両手を腰のところに構え、L字に曲がった銅線を持ち、まるで松の廊下を歩く女官のように、そこら中を歩き回りましたが、銅線はピクリとも動かないのです。
業者のおじさんは、もっと軽く持てとか、他のことを考えるな、自然に楽に構えろとか、まるで禅問答のような忠告をダンナさんにしていましたが、全く効果なし。
「アリャ、特殊な才能がなけりゃダメなのかもしれんな~」とあきらめたようでした。
ところが、数日後、ダンナさんが自分で作ったL字型の銅の針金を持って神妙に森を徘徊しているのを見てしまったのです。
「どこかに美味しい泉、地下水が見つかった?」と訊ねたところ、
「オレは金かプラチナを探していたんだ」と負け惜しみを言っていました。
私たちの井戸から出た水は、市の保健所に持っていき、水質検査を受け、飲料に適するというお墨付きを貰わなければなりません。それにも少しお金が掛かります。分析結果は良好でした。
その井戸水をもう10年近く飲んできたのですが、コーヒー、紅茶のためお湯を沸かすヤカンに白く硬い石灰がこびりつくのです。冬に薪ストーブの上に置く蒸発皿には、ナイフで削り落とせないくらい固まった白いギザギザがまるで細かい珊瑚のようにビッシリ付くのです。その程度の石灰は体に害がないとのことですし、この台地に住んでいる人たちに訊いても、骨が丈夫になるとか、ウチの牛は骨太で丈夫とか言うばかりで、全く不安を抱いていないようなのです。
多分に心理的なことなのかもしれませんが、飾り付けの上手な日本料理の半分は目で食べる…と言われていますから、ヤカンや蒸発皿にコビリ付いた石灰を見ると、どうにもこの水をグイグイ飲む気が萎えてしまうのです。こんなものが体の中に入っていくのかと想像するだけで、お腹が痛くなりそうなのです。
そんなことには到ってノンキなダンナさんの方は、全く気にしていないのですが、気は心ということもありますから、飲み水だけは、谷間の町のスーパーで買うことにしました。それに対しても、ダンナさんは、「アア、そうかい」と言うだけで、相当重い18リットル入りのポリタンクを毎週エッサエッサと運んでくれています。
地球上で美味しい水をふんだんに飲めるところは少なくなってきたのでしょうか…。
-…つづく
*1:ダウジング(Dowsing)とも呼ばれています。
「地下水や貴金属の鉱脈など隠れた物を、棒や振り子などの装置の動きによって発見できると謳う手法。ダウジングで用いられる用具にはペンデュラム・ダウジング(振り子)、ロッド・ダウジング(L字形・Y字形の棒)などの種類がある」[ウィキペディアより]
第554回:フリント市の毒入り水道水
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