第570回:一番幸せな国、町はどこですか?
このような記事、トピックスを見るたびに、一体全体どうやって人間の幸せを測ることができるのかと思ってしまいます。MSNニューズの地球上で一番きれいなビーチとか、老後を過ごすのに一番良い国、町などの特集記事と同程度の主観90%で、“幸せな国、町”を捉えているように思えます。
ところが、私が隅から隅まですべての記事を読む唯一の雑誌『ナショナル・ジオグラフィック』(National Geographic;2017年12月号)にまで、“幸福を求めて”というタイトルで、三つのシアワセな国を紹介しているのに驚いてしまいました。三つの国とは、“コスタリカ”、“デンマーク”、“シンガポール”です。
シアワセ度を測るために五角形のグラフを使い、社会、経済、コミュニティ(共同体)、健康、目的意識の五つを何パーセント満たしているか、いかにも科学的、客観的に測ろうとしています。しかし、所詮、モノサシで測ることのできない、人間のシアワセを目に見える形で調査し、結果を出すこと自体に無理があるのです。もちろん、そんなことは記事を書いた人、Dan Buettnerさんも承知の上のことでしょうけど…。
日本で数年前、地球上で一番幸せな国として“ブータン”が取り上げられていましたから、覚えている方も多いでしょう。この選択はなるほどと思わせる一面があります。“名もなく、清く、美しく”とばかり、貧富の差が少ない農業が主体の国のことです。確かにブータンに生まれ、育った人たちはその環境に満足し、シアワセなのかもしれません。
ブータンに住んでいる人たちの大半は、自分の人生に満足している、そこに住み、自然と共に生き、日々太陽の昇り、沈みとともに暮らす充足があるのでしょう。現代の西欧化した国々の人々が忘れてしまった生き方があるのでしょう。
ブータンの人に「今、シアワセですか?」と尋ねたら、なんせ、他の生き方があることを知らないのですから、「満足している、シアワセだ」と答えることでしょう。しかし、ブータンで少し厄介な病気になったら、即、死に結びつく可能性が高いのです。加えて、一度でも他の国を知ってしまった人、別世界を知りたい願望のある人は、ブータン的幸せ生活に耐えられないかもしれません。
ブータン人の幸福度は、ある種の“他の生活、生き方を知らない、無知”によるところがあると言えなくもありません。
Dan Buettnerさんの調査では、日本人の日常幸福度は70~75%で、メキシコ、ニカラグア、エル・サルバドール、ホンジュラスなどの中米より低く、アラブ首長国連邦やコロンビアの人の方が毎日、はるかにハッピーに暮らしていることになっています。
こんな結果を見ると、アレッ? どこか違うんじゃないかと感じるのは、私が過剰に日本びいきのせいばかりではないと思います。アラブ首長国連邦で人口の半分以上を占めるパキスタン、バングラディシュ、インドからの外人労働者は計算外だし、コロンビアで起きているドラッグがらみの大量殺人などに目を塞げば、シアワセでいることができるのでしょうね。
アメリカで幸せに暮らせる町として、いつも筆頭に上がるのが、コロラド州の大学町“ボルダー”です。今回の調査でも、何ページも割き、ボルダーがなぜ一番ハッピーな町なのかを解説しています。
私もボルダーにある大学で2年ほど働き暮らしたことがありますから、ボルダーのことはよく知っているつもりです。ボルダーは山裾にある大学町で、アウトドアに最適なロケーション、日が長い夏ですと、仕事を終えてからでも、無数にあるハイキング、山道散歩を身近に楽しむことができる上、文化活動も多く、キャンパスで開かれる映画シリーズや公演、コンサートもたくさんあり、私たちも実に楽しい時期を過ごしました。
自転車専用の道が小さな街中に網の目のように張り巡らされていて(今、調べたら全長460キロあるそうです)、町に住んでいるなら、どこにでも車に煩わされずに自転車で行くことができます。それに、都市化を防ぐため、5階建て以上の新しいビルディングの建設は禁止されています。
ボルダーに入って、一目で判ることですが、ここに住んでいる人たちにデブ、ウルトラデブが少ないことです。アメリカで一番健康な町にも選ばれているくらいです。皆さん、適度に日焼けし、いかにも健康そうに自転車をこいでいるのです。
問題は家の値段、家賃が異常に高いことです。それだけイイことずくめの町ですから、スワッとばかり、健康志向のお金持ちが押し寄せ、不動産の値段が跳ね上がり、とても大学の先生クラスの薄給では小さなアパートすら借りることができなかったのです。私はボルダーから20キロ離れた別の町の長屋アパートに住み、そこから通勤していました。狭いボルダーの町中は大変な駐車場難なので、私はバスで通っていました。
通勤バスに乗る人たちは、もちろん私同様の薄給で働いている、銀行の事務員、お店の店員さん、スーパーのキャッシャーなどで、とてもボルダーの町に家を買ったり、借りたりできない人たちでした。毎日同じ時間のバスで通勤しているので、結構バス仲間、友達ができました。
現在でもボルダーに住んでいる友達が二人いますが、両方ともハイテック関係の仕事をしている超お金持ちで、彼らの家はありきたりの普通のアメリカサイズの家で、決して豪邸ではありませんが、不動産の査定額は軽く1億円相当を超え、その分高くなる固定資産税を払うのが大変だと贅沢な愚痴をこぼしています。
私の両親の大学時代の友人は、長年、ボルダーの高校の先生をし、そこで子供4人を育てましたが、十数年前、固定資産税を払うことができなくなり、家を売ってデンヴァー近くに越さなければなりませんでした。
一番幸せな町に住むには、大変なお金がかかるのです。私と一緒にバス通勤をしていたビンボウな人たちはボルダーの住人ではありませんから、シアワセ調査の対象外なのです。言ってみれば、ボルダーに住むことができるリッチな人たちをシアワセにするために、ビンボウ人は外の町に住み、薄給で働いているのです。
構造的には、アラブの産油国の人たちをお金持ちにし、幸福にするために油の出ない国から何百万人の労働者が安い給料で出稼ぎに来ているのと違いはないのです。
自分の幸せが他の人の犠牲、不幸の上に成り立っていても、気にならず、気にせずに安穏と暮らせるものなのかしら。私自身、持てる者の側にいたことがありませんから想像するだけですが、他人の不幸に対しては、感覚がすぐに鈍化するものなのでしょうね…。
今、事実上、飢えで死んでいく人が地球上に何百万人もいることを知っていても、私は朝のコーヒーを美味しく飲んでいるのですが……。
-…つづく
第571回:日本人は“絵好み(エコノミー)アニマル”
|