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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第558回:ベティーとマイクのマクドナルド・ファーム

更新日2018/04/19




ベティーとマイクは谷間の町、今私が教職に就いている大学がある町の出身です。もちろん、彼らが育った時、そこは村と呼んだ方が当たっている人口1万人ほどの田舎町でした。ただ鉄道の駅があるので、周囲の牧畜、農産物をこの町に集め、輸送するのに便利だというだけが、町の存在価値のようなところだったと言います。

ベティーとマイクは隣同士、それこそお互いがヨチヨチ歩きの時からの知り合いで、彼が17歳、彼女が16歳の時に結婚したと言いますから、金婚式など遠の昔に済ませたカップルです。

マイクは14、5歳の時から、この高原台地の牧場で牧童として働いてきました。ですから、ここの歴史の証人のように、大きな変化を目の当たりに体験してきました。今、コロラド国立モニュメントになり、曲がりくねった崖っぷちの道も舗装されておらず、秋に牛を下の町まで運ぶのは西部劇の牛追いよろしく、数人の牧童たちが馬に跨り、牛が崖から転がり落ちないように誘導するのは大変だったと語り草になっています。

彼らが結婚してから、マイクはベトナム戦争に行き、帰国してからはアラスカのパイプラインの建設でお金を稼ぎ、今の260エーカーの土地を買い、小さいながら自分のファーム、牧場を持ったのでした。

相当大きな家、ログキャビンと言えば随分カッコ良く聞こえますが、不ぞろいの丸太を積み重ねた丸太小屋で、もちろん彼が自分で建てました。飛行機の格納庫のような大きく天井の高いバーン(納屋)、それにこのあたりの農家によく見られるように、冬の間トラクターや農機具を収納する小屋が3軒、牧草、飼料のための小屋、豚小屋が2軒、牛舎、大きなニワトリ小屋と、彼らのところに入るとまるでナントカ共和国の建物群(コンパウンド)に紛れ込んだような気分になります。

この高原台地のファームだけでないでしょうけど、お百姓さん、牧童たちは圧倒的に共和党支持者、私から見ればそれもほとんど極右の超保守派で、オバマ大統領の時代には、車のステッカー、玄関のドアにまでオバマ大統領がモンキーに擬せられたり、モスレムの衣装を着せられイスラムテロリストの仲間になっているカリカチュア(風刺画)などが張ってあり、ここで大声で民主党支持、オバマ大統領バンザイなどと言えば、唾をかけられ、この土地に棲むことができなくなりそうな気配が漂っているのです。おまけに、この台地には黒人は一人もおらず、うちのダンナさんのように色付きも、彼一人だけでしょう。

もうかれこれ15年前になるでしょうか、私たちがこの谷間の田舎町に移り住む前に、就職のための面接がありました。その時、私がした質問の一番目は、給料でも、住宅事情でもなく、ウチのダンナさんは東洋人の黄色人種(変な言葉ですね)だけど、差別、偏見、押しては立ち入り禁止なんてことはないかどうかでした。

幸い小さくても大学町ですから、人種偏見はほとんど全くない土地柄でした。ところが、大学町から40キロほど離れたこの高原台地の牧場地域は、恐ろしいくらい保守的なところだったのです。白い三角トンガリ帽子に白いガウンを着たKKKが集まり、有色人を吊るし上げに来そうな気配が漂っていたのです。

ところが、そんな超保守的で白人優越主義のような牧童、百姓さんたちが、アンチキリスト教のダンナさんをすっかり受け入れただけでなく、大そう気に入ってしまったようなのです。普通相当親しくなるとトラックくらいは貸し借りすることはあっても、ライフル、猟銃は兄弟、親子でも貸し借りしないものです。銃はそれだけパーソナルなものなのでしょう。

ウチにリスが大量に押し寄せ、家の土台は井戸にも脅威を及ぼしそうだ…とダンナさん世間話のついでに話したのでしょう、マイクのところから猟銃を実弾付きで借りてきたのです。ダンナさんの方はレンチ、ドライバーを借りてきたくらいの意識しかなかったようですが、田舎育ちの私には、それがどんなに大変なことか分かるのです。余程信用し、家族のような仲間意識がなければ、銃など貸さないものです。

このリス・ハンティングの結末はすでに書きました。(第269回:リス撲滅作戦

卵を5ダースほど買い、子豚を見た後、挨拶をしようとすると、マイクが無精ヒゲをウチのダンナさんに擦り付けるように力一杯ハグ(抱くことですが、普通の挨拶としては背に軽く両手をまわし頬っぺたを合わせる程度です)し、「オ~、サーノ、アイ・ラブ・ユウ!」と、おそらく奥さんのベティーに2、30年は言ったこともないようなことを言ったのです。これが、老マイクでなく、多少若いマッチョなカウボーイなら二人の関係を疑いたくなるところです。

アンチ黒人、アンチモスレム、白人のクリスチャン以外は認めない、超保守の牙城のようなマイクとベティーの家で私たちは…と言うより、日本人の有色人種のダンナさん、大いに受け入れられ、近所の牧場でも受け入れられ飄々と暮らしているのです。もっとも、ダンナさんは腐った卵をぶつけられても、シャワーを浴び、服は洗濯すれば済むことだから…せめて、次は新鮮な卵にして欲しい…などと言って、暢気に流すタイプでしょうけど…。

でも、現実的な面もあり、「日本とアメリカがどうにか仲良くしてくれているからな、マア、この70年間互いに戦争をしなかっただけでも、恵まれた時代に生きているんだろうな。何かの危機があったら、俺なんか真っ先に吊るされるさ」と、ボソリと言っていました。

-…つづく

 

 

第559回:時計を読めない、正しい英語が書けない世代

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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