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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第547回:観景と美意識

更新日2018/02/01




朝、まだ暗いうちにベッドを離れ、薄明かりを通して窓の外を眺め、一面雪に覆われた、昨日とはまったく別の世界が広がっているのを見つけた時ほど感動することはありません。一夜のうちに全世界が模様替えをしたかのように、白銀一色なのです。

ウチのダンナさん、雪国育ちですからとりわけ強い思い入れが雪に対してあるのでしょう。子犬のように…ではなく、老犬のように喜んで、深い雪の中を散歩しています。カンジキ(スノーシュー)や歩くスキーを引っ張り出し、玄関から乗り出して行きます。そして、今まで何十枚も撮ったと思うのですが、同じ雪景色の写真をデジカメに収めたりしています。

彼の冬景色の写真を見たところ、電線が2本走っているのがどうにも目障りなのです。細い電線に微妙なバランスで雪が積もり、頭に雪を乗せた電信柱と小さな変圧器自体は一つの景色を作ってはいるのですが、やはりこの森にそぐわないモノなのです。

私たちがここに越してきた時には、すでにその電柱と電線がありました。もう少し奥にある超お金持ちが、自分のハンティングロッジまで、谷の町から十数マイル、延々と電線を引いた時、ウチの土地を横切るように電信柱を3本立てて電線を引いたことのようです。そのおかげで、電気などがないはずの私たちの家に電気があり、それを使っているのですから、あまり大きな声で電信柱、電線が見苦しいと言えた義理ではないのは承知のうえで、なぜ、道路沿いに電線を埋めなかったのか…と愚痴りたくなります。

町中で電信柱と電線、そしてネオンサインほど、観景を崩すものはありません。自ら美意識が高く、建築や内装にも独自の境地を開いていると自認する日本の町並みは無秩序、デタラメ、成り行きに任せた場当たり的な開発で、それ一個だけ取れば確かに素晴らしい建物でも、その前に何十本という電線、電話線が絡む電信柱が立ち、ケバケバシイ色の幟や看板、ネオンサインに囲まれ、猥雑な景色を造り出しており、その影にある建築のイメージを壊しているように観えるのです。建築物が泣いています。

そこに住んでいる人たちが、電気、電話の便利さを最優先させ、外観など家の中に入ってしまえば分からない、見えないと思っているのか、電気会社、いわばお上がやることだから、口出しはできないと思っているのか、とかく酷いものです。

このところ、ドイツのバッハフェスティバルが開かれるライプチッヒの街に出かけ、そのついでに近くの町や村を訪れています。小さな、ゴク狭い見聞ですが、私が訪れたドイツの街中に電信柱、電線は見当たりません。それがどんなに町全体のイメージを変えるものか、計り知れないものがあります。

日本で散歩をする時、たとえ団地の中でも、庭や家を観るのがとても楽しみです。日本人は小宇宙を作り上げる天才ではないか…と思いたくなります。一軒一軒その家に住む人の個性、庭に対する思い入れがよく表れていて、猫の額ほどのスペースに野菜やハーブばかり育てている家の隣に絢爛豪華なバラを植えている家があり、その隣は純日本的な庭園だったりで、見ていて飽きることがありません。それに道路がいつも綺麗に清掃されていることにも驚かされます。文字通りゴミ一つ落ちていないのです。こんなに清潔に道を保っているところは世界に類がないでしょう。

これがアメリカの団地ですと、家からガレージまでのドライブウェイの両サイドはまるでそうしなければ罰則がくるといわんばかり、決まりきった芝生です。芝生をミドリ、より濃いミドリに保つだけが至上命令なのです。ともかく正面は芝生で、バックヤードは通常高い塀が廻してあり(プライバシー・フェンスという嫌な名前が付いています)、外から覗くことができません。

これほど通りを清潔に、綺麗に保ち、庭も丹精込めて作り上げているのに、ひょいと見上げれば醜い電信柱と電線が空を覆っていることにどうして無関心でいられるのでしょうか。初めから空に電線が走り、街角に電柱があるものだと信じているかのようです。

電線は地下に埋めるものなのです。土壌が悪い、地震が多いなどというのは理由になりません。都市ガスも水道も下水も地下に埋まっているのですから、電線だって必ずできるはずです。 

高村光太郎の『千恵子抄』に確か、「千恵子は東京に空がないといふ ほんとうの空が見たいといふ」とありましたが、あれは汚れた空に加えて縦横に走る電線のことではなかったかと思いたくなります。

日本の空を取り戻すには、まず電信柱と電線を地下に埋めることではないか、と日本の美しさを大きく損なっている頭上の電線について、ガラにもない苦情、忠言を書いてしまいました。

-…つづく

  

 

第548回:冬季オリンピックの人気者

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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