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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第541回:海と陸(オカ)の運転技術の違い

更新日2017/12/07




アメリカでレンタカーを借りる時、25歳未満の若者への条件がとても厳しくなります。高い保険金、保証金を払えば借りられないことはないでしょうが、頭から断わられてしまうことがママあります。統計的に25歳未満の事故率が高いのでしょう。それと同じように、ヨーロッパの国々で70歳以上の老人がレンタカーを借りるのも難しくなります。

相当な老齢であるウチのダンナさん、今まで全く事故を起こしたこともなく、日本なら優良ドライバーとして色の違った免許証を貰えるほどでしょう。統計を駆使して保険料の設定に励んでいる自動車保険の会社が、彼に講習を受け、試験に通ると、保険金が何がしか安くなると通達してきました。アメリカは車社会ですから、いきなり公官庁が免許証を返却せよ…とはやりませんが、保険会社が統計に基づいて、危険年齢を設定しているのです。

もともと、車の運転は、車自体の安全性、操作性が高まり、運転免許を取った次の日にでも、即アメリカ横断ドライブをすることが可能です。ところが、海の方はそうはいきません。

オランダから14歳の少女、ラウラ・デッカーちゃん(と呼びたくなるような可愛い少女です)がヨットで世界一周に出かけようとしたところ、裁判所、児童保護団体などがこぞって反対し、ラウラちゃんの父親を逮捕しかねないほどの憤り方でした。なんでも、オランダでは14歳ではキャプテンの免許証を取得することができず、7メートル未満のヨットで限定された海域しかセーリングできないというのです。

ところが、このラウラちゃん、生まれながらの海の落とし子のようにセイラーの両親の元に生まれ、海とヨットに親しんで育ってきましたから、海技免許を湾内、港内の実習と筆記試験だけで取った人たちとは全く違うのです。車の運転免許と違い、ヨットをあらゆる条件で乗りこなすには、経験が大きくモノを言います。とても車の運転免許のように、海技免許を取得した翌日に太平洋横断などできない相談なのです。

ラウラちゃんは、6歳でオプティミスト・ディンギー(一枚帆の箱型ヨット)から始め、徐々に大型に買い替えながら6隻ものヨットをいつも”Guppy”と名付け、14歳の時にはすでにヨットハーバーにたむろしている自称ヨット乗り、ヨットのオーナー全員を集めたより多くの経験を積んでいました。

彼女が世界一周のために選んだヨットは全長12.3メートルの大中古のケッチ(2本マスト)でした。それも、運河に投げ捨てられるように放置してあったのを、父親がどうにか買うことができる激安価格だったという理由で手に入れました。一人で世界一周をするための理想的な船だったわけではありません。

僅かな経験ですが、私たちも長年ヨットで暮らしていましたから、多少分かるのですが、ヨットは自分に合うように、どんなセーリングを目指し、どんな海域をセーリングするのか…目的と自分の技量に合うように作り上げていくものなのです。その意味で、何が待ち受けているかを熟知している父親と、それまでどんな状況で、どのように立ち向かうか、父と一緒に体験してきたことはとても重要なことで、簡単に年齢で割り切ることはできません。14歳の少女にはムリ、不可能とは言えないスジのことなのです。

紆余曲折がありましたが、ラウラちゃんはほとんど2年越しで世界一周セーリングを成し遂げました。

ところが逆に、大の女性二人が50フィートのヨットで5ヶ月も遭難漂流し、台湾の漁船に救助される事件が起こりました。この話を聞いた瞬間、ヨットを齧ったことのある人なら、すぐに変だ、どこかオカシイと感じたはずです。彼女たち(ジェニファーは40歳前後、トーシャは30歳前後でしょうか)二人は、1年分もの食料を積んでハワイからタヒチに向かいました。

この航路は昔からポリネシアの海洋民族が手漕ぎの大型カヤックやオウトリガーを付けたカタマラン(双胴艇)に低いマストを立て、一枚帆を張り民族移動を繰り返してきたルートです。季節を選べば、安全、ポピュラーなコースです。彼女たちは5月30日にハワイを出ていますから、マズマズよい季節で18日間でタヒチに着く予定でした。

ところが出航してすぐに大きな嵐に遭い(風力11の最大級の大暴風雨だったと…キャプテン・オーナーのジェニファーは言っています)、エンジンが故障し、バッテリーをチャージできなくなり、陸と通信不能となり、同時に舵が破損して、操船不可能になって漂流した…と言うのです。

彼女らを救援したアメリカ海軍の船が映した映像を見て、ますますオカシイ、何か変だと感じたのは私だけではないでしょう。船尾には風車の発電機、真っ白なセールがブームに乱暴に縛りつけられている上、中型と大型の間くらいの犬2匹が元気に飛び回っているし、ジェニファーが元気よく白いハンカチを盛んに振っているのです。海軍の船に乗移る時も、船腹に下げられた縄ハシゴをスイスイと手助けなしで上ってくる情景も映っていました。そして曰く、あと24時間救援が遅れていたら、私たちは死んでいただろう!!と…。

第一、大暴風に遭ったのなら、風車式の発電器など吹き飛ばされ、立っていないだろうし、あんな縛り方をしたセールは引きちぎれていたことでしょう。そして、彼女たちがハワイを出航した日、その後もそんな台風も暴風雨も前線もその海域に全くなかったことが、米国海上気象庁によって、サテライトの写真入りで報道されたのです。 

しかし、ただ注目を集め、時の人になるために、5ヶ月も自分を牢に閉じ込めるような漂流をするものでしょうか。ジェニファーは若い時、ハワイのテレビドラマに赤いビキニの金髪スポーツウーマンとして出演したり、スタントウーマンとして活躍していた経歴の持ち主です。トーシャの方は、ラウンドラップ・サングラスで目、表情を隠し、インターヴューでも終始無言でした。

この二人、経験不足で海もヨットも知らずに外洋に出て、小さな時化(シケ)ですぐにセーリングを諦めたために漂流したのでしょうか。海軍がチェックしたところ、彼女らのヨットに搭載していた国際緊急信号(イーパブ406Mhz)も支障なく作動したのでした。イーパブは水に浸かっても電池も内部機能も大丈夫なように作られています。

もう化石的なヨット乗りのダンナさん、「オイオイ、エンジンが故障したくらいで遭難していたら、俺たち10回は遭難、救助されてたよなぁ」と、ボソリと呟いていました。

  

 

第542回:名前の不思議

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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