のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第546回:不倫は日本の伝統なの?

更新日2018/01/25




昨年のアメリカのマスコミで一番使われた言葉は“セクハラ”でしょう。大統領をはじめ、ハリウッドの大プロデューサー、セットコムの人気大スター、議員や牧師たちと、アメリカ総セクハラ時代と呼びたいくらいセクハラ全盛でした。

時々覗く日本のインターネットニューズで昨年よく目に付いた言葉は“不倫”でした。不倫の意味がはっきり分からず、日本人の生徒さんに尋ねたところ、“結婚している人が他に愛人を持つこと”を指しているようで、“浮気”、昔風に言えば“姦通”のことのようで、夫の場合には“浮気”と呼び、奥さんの場合は“不倫”というぼんやりした色分けがあるのでは…というコメントが返ってきました。

それなら、浮気をしたダンナさんを持つ奥さん、またはその逆で、浮気されたダンナさんと当事者同士の問題で、なにもマスコミが大騒ぎすることはないのでは…と思うのですが…。日本のテレビや新聞は余程ニュースの種に困っているのかしら…。

鎌倉時代以前、平安時代には、浮気、本気、不倫、姦通などという概念がなかったようにみえます。鎌倉時代に御成敗式目という、上から押し付ける一夫一婦のモラル法案ができて、“姦通は死刑に処す”とまで打ち出し、世の浮気な女性たち、あんなことを自分の命を掛けてまですることじゃない…と落ち着いたようなのです。と、これはウチのダンナさんの入れ知恵ですが…。

平安期の文学では、源氏物語にしてもそうですが、不倫をした女性を全員死刑にしていたらとても成り立ちません。日本史上、珍しい女傑の北条政子が一夫一婦制の仕掛け人であったようです。頼朝さん、それほど浮気者だったのでしょうか。

いつの世、どこの世界でもそうですが、上から押し付けられたモラルは、下々まで行き渡らず、締め付けることができないものです。江戸時代の庶民はお伊勢参り、何とかの無尽だとフリーセックス行脚をしていましたし、普段の生活でもずいぶんと開けた夫婦観を持っていたと言ってよいでしょう。

山本周五郎の著書『青べか物語』の舞台になっている千葉県の浦安―そうです今デイズニィーランドのある町です―では戦前まで、まるで町ごと皆兄弟のような御乱交が許されるところだったというのです。この本はとても読みやすく、面白いですから是非呼んでください。

恋愛はどこの国、どの時代にもありました。当たり前ですが…。イスラムの国にも、暗黒の中世ヨーロッパにも、辛気臭い清教徒も恋をしました。これは人間の種の保存にかかわる極々自然な感情です。そこで、恋愛と浮気、不倫に違いがあるのか…と問われれば、その差は社会の目だけということになります。

お正月早々、ある日本の皇室主催の“歌会始”で入選した歌と同時に、天皇、皇后、皇太子などの和歌が詠み上げられます。皇室の人たちの和歌が、どのくらい和歌の師匠さん、先生が添削、修正したものか、そんなことは全くせずに地のものなのか分かりませんが、はっきり言えることは、和歌で表現できる一番の分野、恋歌が全くないことです。

天皇家には恋愛感情のような下衆な感情がないと言わんばかりなのです。歴代の天皇家に優れた歌を遺した人、女性はたくさんいました。そして、その大半が恋の歌でした。明治以降の皇室は恋愛ご法度にさえ思えるのです。少なくとも和歌に関しては…。

恋愛感情は一度結婚したから、歳を取ったからなくなるものではありません。それを詩的に表現するところに文学が生まれます。若い二人が相思相愛、誰もが羨む恋愛をして結婚しても文学にはなりません。そんな本は誰も買って読まないことでしょう。障害があってこそ互いに燃え上がるものでしょう。その障害の一般的というか、一番手近かなのが、相手がすでに結婚しているという状態です。

日本の不倫騒動はどうにも騒ぎ立てる側の低俗さばかりが鼻につきます。あんなに清純そうな容姿、顔をしていて、裏でそんなことしていたのか、という一種のヤッカミ感情が見え隠れするのです。言ってみれば、他人をこき下ろす喜びです。テレビタレント、アナウサー全員が聖人じゃあるまいし、浮気(本気?)の一つ、二つ、周りで騒ぎたてるような問題ではない…と思うのです。

ここコロラドに住んでいる日本人の奥さんは、「不倫は日本の伝統ではないか」と恐ろしいことまで言っています。それを聞いたウチのダンナさん、「ウーム、その言葉、もっと早く、若い時に聞きたかった」とノタマッテいました。

-…つづく

  

 

第547回:観景と美意識

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで

第501回:女性の行進~Woman's March、アメリカはどこへ行く…
第502回:アメリカの階層社会
第503回:遥かなる男女平等社会
第504回:討論=ディベイト、演説=スピーチ
第505回:自分の仕事を知らない、できない人たち
第506回:挨拶の文化~キス、ハグ、おじぎ、握手
第507回:日本の敬語はミッション・インポッシブルの難しさ
第508回:大流行の人工関節埋込手術
第509回:修理からパーツ交換~職人受難の時代
第510回:実はハデ好きな日本人…
第511回:大学卒業と学生さんの将来
第512回:牛の追い込みと高原台地の春
第513回:地球は平らである~聖書至上主義
第514回:一般化してきた男性の化粧
第515回:貧乏人は早く死ぬ
第516回:大流行の人工関節手術
第517回:ヨルダンの『強姦犯人救済法』
第518回:拍手と歓声、そして感動の余韻
第519回:iPhone災禍~“ミー・ファースト”の精神
第520回:現代版“セイレムの魔女狩り”
第521回:枯山水~高原台地の死活問題
第522回:理想郷~パラダイスはいずこに…
第523回:バウンティー・ハンターと保釈金
第524回:オリンピックいろいろ
第525回:山でクマと接近遭遇したら…
第526回:クマもケーキショップがお好き?
第527回:またまた“強姦事件”スキャンダル
第528回:隣人たち、サムとダイアン一家
第529回:隣人たち、マーヴィンとベヴ
第530回:ナショナル・モニュメント(国定公園)をなくす?
第531回:“性器の大発見”~イグ・ノーベル賞2017
第532回:“国歌斉唱、ご起立ねがいます”
第533回:書く手段の変遷と文章の関係は…
第534回:消えゆく地上有線電話
第535回:不思議な財政~国は決して潰れない?!
第536回:核兵器撲滅運動の怪
第537回:人間狩り~ラスベガス大量虐殺事件
第538回:冤罪と闘う“イノセンス・プロジェクト”
第539回:プエルトリコ~ハリケーンの悲劇
第540回:枯れない西欧人~老人ホームはロマンス花盛り
第541回:海と陸(オカ)の運転技術の違い
第542回:名前の不思議
第543回:ツーリスト・ゴー・ホーム
第544回:他人の目、他人の懐
第545回:引退生活の理想郷と山小屋暮らし

■更新予定日:毎週木曜日