第523回:バウンティー・ハンターと保釈金
私たちの町にも薄っぺらな新聞があります。カラー写真と宣伝を省くと、記事らしい記事は紙面の5分の1にもならないでしょう。それでも1ドルもします。もう一紙年寄り向けの『Beacon』という週刊新聞があります。こちらの方は30~50ページの分厚さで、時宜にあったニュースは全く無視し、もっぱらシニア、引退した人たちが、いかによりよく暮らせるか、一番よい年金会社はどこか、保険はどうかけるべきか、退職後のアルバイト、ボランティアの紹介、旅行の記事、シニア運動会のお知らせ、どこのレストランのシニア割引が一番お徳か、と情報盛りだくさんの内容です。
この町の一番の産業は、大学と老人ホーム(年金生活者は消費するだけ…)、それに病院ですから、この老人新聞『Beacon』はそれなりに人気のある新聞なのです。
その週刊老人新聞に老後のアルバイトの特集記事が載りました。その中で、70歳過ぎの元看護婦さんがバウンティー・ハンターをやっているルポが載ったのです。バウンティー・ハンターというのは、犯罪者が逮捕され、裁判に必ず出廷することを条件に、保釈金を払ってその期間自由の身になるのですが、相当数の人が決められた日に出廷せず、そのままどこかに消えてしまうのです。そこで、その保釈金を立て替えたエージェントが逃げてしまった犯罪者を追い、捕まえ、法廷まで連れてくるという、西部劇時代の名残のような職業がバウンティー・ハンターです。ベイル・ボンド会社(=保釈金立替会社)とバウンティー・ハンター(=賞金稼ぎ)は契約を結び、もし逃げた犯人を捕まえてきたら、ベイル・ボンド会社が立て替えた保釈金の10パーセント内外の報酬を貰うことができます。
大多数のバウンティー・ハンターは元オマワリさん、警察関係の人ですから、元看護婦というのは非常に珍しい…と思っていたところ、彼女はインタヴューに答えて、女性がちょっとした間違いを犯して逮捕されるケースが結構あり、そのような女性は自分で保釈金など払えないほど貧しいのが普通で、ベイル・ボンド会社からお金を借りて保釈金を積み釈放され、そのまま逃げる意思があってか、なくてか、期日に出廷しないことが結構あるのだそうです。
彼女は犯罪逃亡者の所在を確認し、警察に連絡して、再逮捕に立ち会うだけで、自分の身に危険を感じたことなど一度もないと言っています。付け加えて、小さな罪を犯した人たちは、根はとても善人で、ただ、自分の生活を自分できちんとマネージメントできないだけだとも言っています。
インターネットと電話帳でこの人口10万そこそこの町に、何社ベイル・ボンド会社があるのか調べてみたところ(私が退職後、バウンティー・ハンターになろうというのではありません)8社もあり、それぞれ自分の会社がいかに親身になって相談に乗り、保釈金を立て替え、返却の条件もよいので、逮捕されたら、すぐにお電話を……こちらから出向くサービスもしていますと、オサオサ宣伝怠りないのです。
このように公的機関であるはずの警察権に民間会社の営利事業が関わることに、当然ですが大きな問題があります。保釈金が超インフレになるのに伴ない、普通のサラリーマンが息子のために払ってやれるような額ではなくなってきているので、大多数が高い手数料を払ってベイル・ボンド会社に立て替えてもらうことになります。
一方で拘置所も満員盛況で、とてもお巡りさんが捕まえてきた犯罪者全員を収容できる設備がなく、高い保釈金を取って、裁判の日までは外にいてくださいということになります。現在、裁判所での判決を待っている未決囚で、保釈金を払えず拘置所に拘留されている人は45万人います。大都市一つの人口です。その未決囚の保釈金の平均は1万ドル(1,100万円くらい)で、それらの人々の平均年収が1万5,000ドルですから、ハナから自前で保釈金を払うことなどできない相談なのです。
そして、バウンティー・ハンターですが、州によって制度、認可の基準が著しく違うにしろ、州の法務局で認可を受けると、シェリフのようなバッジが貰え、逮捕権まで付いてくるのです。おまけに普通の犯罪捜査では、裁判所で家宅捜査の許可を取らなければ、シェリフでも犯人の家に足を踏み入れることができないのですが、バウンティー・ハンターはその件、ネコババして出廷しなかった人物に関しては、家宅捜査権がある、というおかしなことになっているのです。ちょっと古いのですが、2003年に全米でバウンティー・ハンターが再逮捕した未決囚は31,500人に上ります。
このように、裁判所がコマーシャリズム、言ってみれば金儲けのベイル・ボンド会社と結託しているのは良くないと考えるのは当然で、2008年からイリノイ、ケンタッキー、オレゴン、ウィスコンシンの各州でバウンティー・ハンターを一切許可しない法案が通過しました。ということは、保釈金立替会社、ベイル・ボンド会社も先細りになるでしょう。他の州、ネブラスカ、メイン、フロリダ、ノースカロライナの各州でも続々とバウンティー・ハンターを禁止し始めています。
アメリカの伝統である『生死を問わず、賞金3,000ドル』というような時代はやっと終わりつつあるのでしょうか。
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