第512回:牛の追い込みと高原台地の春
北米大陸の真ん中、しかも2,000メートルの高原ですから、ここの春の天候は激しく変わります。第一に朝と昼との気温の差が大きく、チョット異常な日には夜明け前に氷点下8~10度だったのが、日中は25、26度まで上がったりします。
日本の春は三寒四温と多少のリズムがあるようですが、ここではとてもとても、北から冷たい空気を送り込んでくる前線が降りてくると、一挙に冬になり、翌日、南西から温暖前線が押し上げてくると、真夏のような天気になるのです。
この時期、体調を崩す生徒さんがたくさん出ます。昨日、教室でザーッと数えたら約60パーセント内外の生徒さんが花を赤くし、充血した目をしていました。もっとも、彼らは3月に春の日差しが射すと同時に衣替えをし、タンクトップに激短パン、サンダル履きになり、その後いくらシバレても、冬衣装に逆戻りすることは名誉にかかわるとでも信じているかのように、真夏スタイルを変えようとしません。
うちの周りに来る鹿も、毛代わりの途中で、冬用のモコモコした毛がほんの少しおなかの部分に残しているだけで、背中全体が短くつややかな夏の毛に生え変わっています。禿のダンナさん、「どうして人間の髪の毛もああならないのかなぁ」とこぼしています。
穴ウサギの赤ちゃんも手の平に乗るくらいの大きさ、小ささで一人前にぴょこぴょこ飛び歩くようになりました。
この高原台地は元々セージブッシュとピニヨンパイン、ジュニパーに覆われた森のようなところだったのでしょう。けれど、今はそのような原生林は半分ほどに減り、開拓が進み、牧草畑と長大なバラセンで囲まれた牧場になっています。
乾燥したところですから、牧草でも灌漑しなければ育ちません。牧場(マキバ)といえば平和でのどかな雰囲気を想像しますが、ここのマキバは“オオマキバは緑……”にするため、何マイルも先から山の水をパイプで引き、大掛かりな灌漑用水路を造り、そこから汲み上げた水を強力なポンプで散水します。
散水用のスプリンクラー、パイプラインは一つのユニットが400-500メートルもあり、そこに50くらいのスプリンクラーが付いていて散水しています。そんなユニットがこの台地におそらく100基以上はあるでしょう。よく水が枯れないものです。
このようなマキバの中に住んでいて、困るのは牛追いの時期に、何百、何千という牛を通勤する道路を使って移動させることです。ここでは、交通渋滞は牛の大群によって起こるのです。牛に囲まれ、クラクションを鳴らしながら、超ノロノロ運転で牛を掻き分けるように車を進めるしかないのです。しかも、車にからだを擦り付ける牛がいて、牛の体についているフンをたっぷり車に塗り込んでくれるのです。
それに、牛が大移動をした後の道路は、フレッシュでジューシーな牛のフンを敷き詰めたようになります。車を洗うのは牛の大移動が終わった頃を見計らい、タイミングを間違えないようにしなければなりません。
数年前、牛が迷い込んでくるのを防ぐため、私たちの土地の道路に面した部分に杭を打ち込み4本のバラセンを張ったフェンスを張り巡らしました。それ以前は悲惨でした。一頭、二頭の子牛なら許せるのですが、我が物顔した巨大な牛が窓際、テラスに十頭も出没されては適いません。
それに彼らが撒き散らす糞害も相当なもので、臭いだけでなく、糞に集る銀バエ、そして散歩の時にグニュッといった感じで軟らかい糞を踏み付けてしまった時の、悔しさというのか、アラ~またやっちゃった、という無念さはかなりなものです。それが新しいハイキングシューズやジョギングシューズだったりしたら、泣きたくなります。アノ臭いも色もなかなか取れないのです。
昨日、二つのマキバの真ん中を通り抜ける田舎道を散歩していたところ、向かいの牧場の家族に会いました。4人とも馬に跨っていましたが、それが絵のようにピッタリと決まっているのです。ラフなカウボーイスタイル、カウボーイハット、エルクスキンの手袋、ジャケットに着古したジーパンとお父さんのサム、お母さんのダイアン、そして10歳前後の二人の子供たちまで、見事に馬を乗りこなしているのです。
スキー場で、ただ立っている姿勢だけで、その人のスキーの腕を凡そ知ることができますが、馬に乗っている人も、ただ乗っているだけで、どのくらいの乗馬歴か、どの程度乗りこなすか分かるものです。4人とも背筋をスキッと伸ばし、体の重心を鞍に預け、人馬一体なのは遠くからでも見て取れるのです。ああして、子供たちが両親と一緒に馬に跨り、牛を追うのは何と素晴らしい経験でしょう。
母親のダイアンが私たちを盛んに呼んでいたので、近寄ったところ、子牛がバラセンのフェンスをかいくぐって道路に出てしまったので、私たちにその子牛をフェンス内に追い込んで貰いたいというのです。
ダンナさん、ベンとダイアン、サムで、ヨッシャとばかり、野球帽を脱いで振り回すように、子牛を追いつめ、一度失敗し、再挑戦し、フェンスの下の土がえぐれているところを見つけそこにどうにか子牛を追い込んで、フェンスをくぐらせました。ダイアン、サム、子供たちにまで「サンキュー」と言われ、まんざらでもなさそうでしたが、馬上の本格的なカウボーイ、カウガールに比べ、汚れた野球帽を振りまわしながら、牛を追う姿は全然サマになっていませんでした。
高原台地の春は牛の追い込みで最盛期を迎えています。
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