第542回:名前の不思議
悠真、陽真、悠人、湊、蓮、蒼、結菜、咲良、莉子、芽依、陽葵。
これらの漢字を間違いなく読むことができますか? 少しは物知りで、古臭い漢字を知っているらしきダンナさんに見せたら、第一声に、「なんじゃこれ? 宝塚少女歌劇団の芸名か、それとも源氏物語の脇役にこんな名前あったかな~~」と呟いていました。
これらは、今年生まれた赤ちゃんに付けられた名前の男女別ベスト5なのです(明治安田生命保険会社調べ)。
漢字は響き、その字が持つ意味、歴史的背景などがあり、とても含蓄に富んだ表記法です。ですが、名前は落語の寿限無のように難しく、長くては役に立ちませんし、戒名のように難しい漢字の羅列では、生きている人間が互いに呼び合うのに不向きでしょうし、短くても普通の人が、普通の読み方で読めなければ呼称として不便なこと夥しいでしょう。
ちなみに、悠真はユウマ、陽真はハルト(陽をハルと読ませています)、悠人はユウト、湊はミナト、蓮はレン、蒼はアオイと読みます。女の子の方ですが、結菜はユイナ、咲良はサクラ、莉子はリコ、芽依はメイ、陽葵はヒマリが正解です。
どうしてこんな漢字の遊び、当て字のような名前が流行るのか不思議に思っていたところ、若い親は20代が多いですから、彼らがお気に入りの人気のタレントや映画スター、スポーツ選手の名前をそのまま借用したり、読み方は同じでも違う漢字を当てたり、一文字だけ取り、組み合わせたりして、ユニークであろうとしているようなのです。でもそれが逆に、“悠真”や“結菜”がトップの名前になり、ユウマ、ユイナだらけという結果になったのでしょう。
天才的な棋士の藤井聡太クンにちなんで、ソウタも急激に増え、来年はトップ5に入るのではと予想されています。“悠”という漢字も、秋篠宮様の息子さんが悠仁(ヒサヒト)という名前で、タレント並みに人気があると分析?されていますし、もう一人、皇族で人気の(未だに日本で天皇家にそんな人気があるのは驚きですが)“眞子”さんの“真”とフィギュアスケートで大人気だった“真央”さんの“真”の字の相乗効果で、我が皇族ならざる息子、娘の名前に借用している例が多いのでは、と言われています。
漢字のバリエーションでほとんど無限といってよく、名前を創作できるのは素晴らしいことに違いありません。アメリカに何百万人といるビル、マーク、トム、デイヴィッドではあまりに個性がなさすぎます。
しかし、日本で言うように“名前倒れ”という現象も無視できません。皇族から頂戴した漢字をあしらったありがたい名前の御仁が青少年、大人になり、刑事事件を起こしたり、スキャンダルにまみれることも出てくるでしょう。そうなると、“本年の痴漢で逮捕された人の名前、ベスト10”に今人気絶好調の名前が入り、価値がガックリ下がることになるのかもしれません。
もう一つ、日本人の名前で良く分からないのは、姓名判断、“字画占い”です。漢字の画数でその人の人生、将来を占うものです。それで病気が治ったり、幸福になる? と真面目に信じている人が多いのに驚かされます。しかも、相当インテリに属すると思っていた知り合いが、字画の姓名判断で名前を取り替えたりするのを知ると、なんだか裏切られたような気持になります。
本人に改名の理由を直接訊くと、多少照れながら、「字画姓名判断を全面的に信用しているわけではないけれど、害はないだろうから…」と言い訳をしたりしています。迷信、偏見の育つ土壌がそんなところにある…と思います。それに、字画姓名判断に拘る人たちが素晴らしい、良い人生を送っている姿は見当たりません。字画に拘るような人は振幅の狭い、貧しい精神生活をしているのではないかと思いたくなります。
ウチのダンナさんのお気に入りの甥っ子に女の双子が生まれました。その甥っ子は周囲の命名判断の雑音をかき消すように、誰でも読める平仮名だけ、したがって字画姓名判断などという石器時代の甲骨文字占い文化の名残りを全く拒否した名前を付けました。“このは”と“しずく”と名付けたのです。木葉、滴でないところが彼の命名の優れたところです。これなら、呼び間違えられることも皆無でしょうし、響きも美しく、親の見識の高さも覗えます。
双子の“しずく”と“このは”は、その名の通り、すくすくと美しい少女に育っています。
第543回:ツーリスト・ゴー・ホーム
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