第517回:ヨルダンの『強姦犯人救済法』
このタイトルは書き間違いではありません。強姦で逮捕された男が、犠牲者の女性と結婚するなら、無罪放免になる国がたくさんあるのです。
ヨルダンではこの4月23日に悪名高い308条を廃止するかどうか投票が行われ、この法案はそのまま継続することになりました。2010年から2013年の間に159人の強姦魔が犠牲者の女性と結婚し、罪を逃れています。
たとえば、この女性は職場で頭痛がし、55歳の上司がこの薬を呑めばすぐ治ると渡した錠剤を呑み、意識不明になり、気が付いたらスッ裸で事務所におり、すぐに何が自分の身に起こったか知ったのです。それからも地獄の苦しみを味わっています。と言うのは、モスリム社会ではそのような不祥事は家族の名誉に係わる重大事で、どのような理由があるにしろ処女を喪失した娘を家に置くことはできず、父親、兄がその娘を殺す、殺さなければならない社会的制約がまだ残っているからです。
そのような事情がありますから、彼女は当初、両親に彼女が強姦されたことを告げることなどできませんでした。しかし、妊娠したことが隠せなくなってきて、やむなく強姦されたことを両親に告げたのです。家族の名誉を傷つけずに済ませる方法はただ一つ、そのボスと結婚し、彼の何番目かの妻になることしかなかったのです。これはAl Jazeera(アラブ語のニューズ報道機関)の英語版に載っていた話です。
もう一つ、14歳の少女の場合はもっと悲惨です。と言うのは、3日間閉じ込められ、複数の男に何度も強姦されたので、誰と結婚するべきか判然としなかったからです。幸い? 一人の強姦男が刑務所暮らしを逃れるために、罪を認め、彼女と結婚したのです。
こんな風に強姦しても結婚すれば許されるなら、逆手にとって、コレハと思っている少女をまず強姦し、そして結婚するヤカラも現れてくるでしょう。強姦した相手と結婚し、妻として一緒に暮らさなければならない女性は一体、どんな思いで毎日を過ごすのでしょう。
これほど、男の都合だけを法律で守っている国、女性の意思を全く無視している国である、ヨルダン、アルジェリア、バーレン、クエート、レバノン、リビア、パレスティナ、シリアなどが21世紀になった今日でも存在しうること自体が信じられない事実です。さすがに、トルコではこの法案は廃止されましたが…。
それらの国々にアメリカも負けてはいません。
ジョン・クラカウ(Jon Krakauer)は元々山岳ライターでした。エヴェレストで大量の遭難死があった1996年に丁度現場におり、“Into the Thin Air”というノンフィクッションを書いた人ですが、近ごろ次第に社会的な問題をテーマにするようになり、”Missula”という本を書きました(Doubleday出版、日本語版の題は『ミズーラ ~名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』で亜紀書店刊2016年)。読み通すのが辛くなるほど、大学当局、市の警察、裁判システムが強姦男を保護し、町や大学、スポーツチームの“名誉”を守ろうとし、被害者の女性のことなどまるで眼中にないどころか、逆に犠牲者の女性をバッシング、村八分にし、追い出しを謀ていく過程がよく分ります。
ヨルダンでは法律で明文化しているだけ、事態は率直ですが、モンタナ州立大学の町、ミズーラでは、マッチョ社会通念に守られ、強姦犯人たちはノウノウと卒業し、社会に出て行っています。
驚かされるのは、まずその数です。1995年から2015年の間、18歳から24歳までの女性に限っていても全米で毎年11万件の強姦事件が起きているというのです(U.S .Department of Justiceの統計)。それも、統計に現れるのは、訴えて出てきた数値で、80%の犠牲者は様々な事情から、訴えることを諦めたり、泣き寝入りしていると見られています。と言うことは、1年間におよそ55万人の女性が強姦されていることになります。
法的機関の統計とは別にアメリカ病理管理局(Center of Disease Control, 略してCDCと呼ばれています)によれば、アメリカ人で生涯に、一度でも強姦された経験を持つ女性は19.3%になるとしています。これにはセクハラなどは含まない数字で、ずばり強制的に性交させられた女性だけに限ってのことなのです。と言うことは、アメリカ女性の5人に1人は強姦されたことがあるということになり、アメリカはまさに強姦天国なのです。
ジョン・クラコウの本にあるように、とりわけ大学生が若さの発露として“少々、やりすぎた”ことを容認する社会構造、社会意識があり、一度の間違いで、彼の人生を潰すのは可愛そうだ、と強姦犯を保護する土壌があるのです。そこには犠牲になった女性への思い遣りは全くありません。犠牲になった女性がその後、どれだけ対人恐怖症になり、セックスにトラウマを抱き続け、悲惨な人生を送らなければならないかという当たり前の考察がスッポリと抜け落ちているのです。
ヨルダンの強姦犯救済法を知ったアメリカ人は、女性だけでなく、男性も、モスリム社会はなんと前世紀的な、野蛮なマッチョ社会なんだ、と思ったことでしょう。ところが、アメリカでは強姦魔保護法が法文化されていなくても、アラブ社会以上に野蛮な封建主義社会な面を強く残しているのです。
こういうのを、『目くそ、鼻くそを笑う』というのではなかったかしら。
第518回:拍手と歓声、そして感動の余韻
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