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第387回:流行り歌に寄せて No.187 「長崎ブルース」~昭和43年(1968年)

更新日2019/12/26



以前『長崎の女(ひと)』の項でも書いたことだが、私は今まで長崎の地を訪れたことがない。多くのお誘いを受けながらも、なかなかチャンスに恵まれずに、今日まで来てしまった。

ところが、歌謡曲の世界ではたいへんに馴染みのある場所で、多くの曲を知っており、ほとんどがとても好きな曲なのである。

曲名の冒頭に「長崎」がついているものだけを、思いつくままに挙げてみても、小畑実の『長崎のザボン売り』、藤山一郎の『長崎の鐘』、春日八郎の『長崎の女(ひと)』、内山田洋とクールファイブの『長崎は今日も雨だった』、瀬川瑛子の『長崎の夜はむらさき』、五木ひろしの『長崎から船に乗って』、渚ゆう子の『長崎慕情』などなど、名曲が次々と出てくる。

詳しく数えたことはないが、タイトルだけで言えば東京、大阪と並べても遜色のないほど曲数が多いような気がする。どうしてここまで多くの作家が、この地を曲のロケーションに選ぶのだろうか。


「長崎ブルース」  吉川静夫:作詞  渡久地政信:作曲  寺岡真三:編曲  青江三奈:歌  


逢えば別れが こんなにつらい

逢わなきゃ 夜がやるせない

どうすりゃいいのさ 思案橋

丸山せつない 恋あかり

ああ せつない長崎 ブルースよ

 

泣いてすがれば 好きだと抱いて

とかせた帯ひも 南蛮屏風

ガラスの絵にさえ 紅がつく

男と女の 恋ごころ

ああ 女の長崎 ブルースよ

 

石のたたみを 歩いたときも

ふたつの肩が はなれない

ザボンのかおりの うす月夜

死んでも忘れぬ 恋すがた

ああ 忘れぬ長崎 ブルースよ

 

長い鎖国時代に、唯一海外の、殊に西洋オランダとの交易が許されていた特殊な地域ということが、異国情緒を呼び、それが現在になっても独特の雰囲気を醸し出していることは間違いない。

オランダ坂、グラバー邸、外人墓地、蝶々夫人の舞台など、作家にとっては、たいへんに使ってみたい題材なのだろう。実際にこの地を歩いてみれば、よりその思いを強くするのかもしれない。

さて、この曲のことで言えば、「南蛮屏風」「ガラスの絵」「石のたたみ」などの言葉が、それを喚起させる。さらに「丸山」「思案橋」など、色気を含んだ地名が大人の恋模様を、青江三奈の艶のある歌唱が、夜の長崎の情景を彷彿させるのである。

詞にも細やかな技巧が使われていて、「丸山せつない恋あかり」→「せつない長崎」、「男と女の恋ごころ」→「女の長崎」、「死んでも忘れぬ恋すがた」→「忘れぬ長崎」と、1番から3番まで、前節の詞を受けてくり返すスタイルが、効果を高めている。

その作詞は吉川静夫。小学校の校長先生をしていたという、作詞家としてはたいへん珍しい経歴の持ち主で、昭和11年29歳の時に作詞家としてデビューしている。

森進一の『女のためいき』は大ヒットしており、他には三沢あけみ・和田弘とマヒナスターズの『島のブルース』のほか、青江三奈の多くの曲を、今回と同じく渡久地政信とのコンビで手掛けている。(吉川が北海道、渡久地が沖縄出身なのが興味深い)

その作曲の渡久地政信は、春日八郎の『お富さん』、津村謙の『上海帰りのリル』、フランク永井の『夜霧に消えたチャコ』、三浦洸一の『踊子』など、たいへん物語性に富んだ曲を書いており、どの曲もメロディーが素晴らしく、しみじみと聴かせるものばかりである。

そして編曲の寺岡真三は、『池袋の夜』『恍惚のブルース』という青江三奈の曲、荒木一郎の『いとしのマックス』、アン真理子の『悲しみは駆け足でやってくる』、フランク永井の『夜霧の第二国道』『羽田発7時50分』『君恋し』など、こちらもその光景が目に浮かんでくるような、ドラマチックな編曲をする人である。

青江三奈の曲を取り上げ、もう一度聴いてみる度に思うのは、本当にこの人は歌の上手な人だなあということである。もう20年近く前になるが、還暦を待たずに亡くなってしまったのは、つくづく残念である。一度でいいからリサイタルに行ってみたかったと、今さらながらに後悔している。

-…つづく

 

 

第388回:流行り歌に寄せて No.188 「恋の季節」~昭和43年(1968年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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