旅程は決まった。次は切符を検討しよう。こちらで何もしなくても、乗る順番に乗車区間と列車名をメモして、駅の窓口に渡せば計算してくれる。しかし、駅の窓口は原則として旅程のまま計算する。私の経験上、よほど切符に精通した担当者にめぐりあわなければ割引切符の提案はされないようだ。ファーストフード店のように、こちらが注文したらすぐに「セットのほうが得ですよ」とはいかない。
しかし、窓口を責めるのも気の毒だ。きっぷの制度が複雑で、割引制度も多様化し、新しい企画切符が次々に登場する。プロの仕事なら、すべて熟知してお客さまに提案するべきだろう。けれど、きっぷの制度はそんなレベルを超えているような気がする。半端な知識で安いきっぷを案内し、お客の都合に合わない切符を出すわけにもいかない。
きっぷに限ったことではないが、買う側も賢くなっておきたい。まず乗車券を計算してみる。計算方法は時刻表のピンク色のページに載っている。JRには往復割引制度があって、片道601キロ以上の区間を往復すると行きと帰りの運賃がそれぞれ1割引きになる。東京から新幹線で岡山や広島へ出張する場合、行きと帰りで別々に買うよりも、乗車券だけでも一緒に買ったほうがいい。
しかし今回は往復割引制度は使えない。東京から出雲市までは898.2キロもあるけれど、行きと帰りの経路が異なる。行きは京都から山陰本線で向かう。しかし、はまかぜは和田山から播但線に入って姫路を経由し、往復の経路の途中で分かれ道ができる。単純に往復する区間は東京-京都だけで513.6キロ。残念ながら片道600キロに満たない。
今回の乗車区間。
今回のルートのうち、JRの区間は、
1.東京-京都-出雲市 898.2キロ
1万1,340円
2.松江-米子-境港 48.6キロ 820円
3.境港-米子-鳥取-福知山-尼崎-大阪-東京 924.8キロ
1万1,660円
である。きっぷは長い区間ほど割安になるので、2.と3.は乗り換え駅の米子・鳥取で区切らずつないで買う。宿泊地の鳥取と餘部は3の切符で立ち寄る。JRのきっぷは片道100キロ以上になると途中下車できるから、餘部駅できっぷを区切らずに済む。片道800キロ以上のきっぷの有効期間は6日だから、改札を出て宿泊してもかまわない。一畑電鉄は全線有効のフリー切符を別途購入する。
ところで、3.は実際の乗車経路ではない。帰りに乗る『はまかぜ』は播但線経由だが、運賃は近道の福知山線経由だ。これは和田山と尼崎間にふたつのルートがあり、途中下車しなければ近い方のルートで計算する特例が適用されるからだ。これも時刻表に書いてある。
経路通りにきっぷを買う場合。
もっと知恵を働かせると、2.を買わず、3.を松江-米子-東京にする方法もある。米子で途中下車して、境港行きの往復を別途購入するのだ。このほうが180円ほど安くなる。これは窓口では勧められない買い方だ。しかし、雪などでダイヤが乱れ、境線に乗れなくなるという事態を想定すると、このほうが都合がいいかもしれない。
なるべく長い片道きっぷをつくるとどうなるか。東京-京都-福知山-大阪-京都という片道きっぷにして、福知山-出雲市、松江-福知山、米子-境港×2、京都-東京を買う方法だ。しかしこれは最長距離の切符が3.よりも短くなるので安くならない。はまかぜの運賃特例の趣旨に反して、分割購入したきっぷで"乗り通し"特典を受けようというのもどうかと思うので、机上の遊びにとどめておく。
東京発の片道きっぷを長くする場合。
以上から、乗車券は1.・2.・3.の合計で2万3,820円、180円安い方法では2万3,640円となる……と思ったら損をする。周遊きっぷを使えば以下のようになる。
4.ゆき券 東京-京都-鳥取 743.9キロ
8,160円
5.山陰ゾーン券 5,300円
6.かえり券 鳥取-福知山-尼崎-東京 812.4キロ 8,660円
この合計は2万2,120円で、もっとも安い乗車券の組み合わせより約1,500円も安くなった。しかも、このきっぷは一畑電鉄も乗り放題、行程の途中で乗る予定の"特急スーパーやくも"の自由席特急券も無料だ。実質的には3,500円以上も得になる。
周遊きっぷは、ゾーン券、ゆき券、かえり券の3枚ひと組で発売される割引切符だ。ゾーン券は定められた範囲内を何回でも乗り降りできる。ゆき券は出発駅からゾーン券の入り口の駅まで、かえり券はゾーン券を出る駅から出発駅までのきっぷだ。ゾーン券自体は割高な気もするけれど、ゆき券とかえり券は2割引になる。往復割引よりも安いし、必ず出発駅と同じ駅に戻るという規則で、ゆき券とかえり券の経路は違っても片道200キロ以上あればいい。
周遊きっぷを買う場合。
周遊きっぷは私のように鉄道ばかりで旅する人に都合がよく、第78回からの和歌山紀行でも周遊きっぷを使っている。このほか、周遊ゾーンは全国に35ヵ所もあり、片道に飛行機を組み込めるゾーンもある。旅行だけではなく、帰省や出張で使っても得な場合もある。
周遊きっぷ山陰ゾーンに含まれる区間は、JR山陰本線の鳥取-出雲市、JR境線全区間、JR木次線の宍道-木次間、JR伯備線の伯耆大山-根雨、一畑電鉄の鉄道全区間、JR駅に接続する地元のバス路線の一部だ。すべての乗り物には乗れないけれど、まさに今回の旅のためにあるようなきっぷだ。乗車券はこれで決まった。
次に特急券と寝台券を予約する。行きの寝台特急"出雲"と、帰りの特急"はまかぜ4号"、そして新大阪からの新幹線だ。出雲は全席指定だから事前に入手しなくてはいけない。廃止されるくらいだから当日でも買えそうだが、廃止が決定したから、私たちのように最後の記念に乗る人が増えるはずだ。"はまかぜ"も指定席。自由席のほうが安いし、空席が多ければ好きな場所を選べる。しかし、たった500円の差である。私もM氏も煙草が苦手なので、禁煙席を押さえておく。
新幹線は自由席にする。安いからというより、時間に縛られたくないからだ。早々に帰りたくなるかもしれないし、腹が減って何か食べようと思うかもしれない。いずれにしても、大阪-東京間の新幹線はほぼ10分間隔で走っているから待てば座れる。自由席特急券は当日に自動券売機で購入できるけれど、他の特急券と一緒に買う。ここにも安く買うワザがある。実は、新幹線の特急券と新幹線に接続する在来線の特急券を同時に買うと、在来線の特急料金が半額になるのだ。今回は"はまかぜ"の特急料金が1,000円ちょっと安くなった。乗車券で得した3,500円と合わせると約4,500円。知ると知らぬでは大違いだ。
今回の旅の費用は、移動に関する費用が一人あたり3万7,470円。これに鳥取のホテル宿泊費や食事代などが加わり、総額は約6万円あたりで落ち着きそうだ。駅の窓口に行き、乗車券の手配をする。係員がドラムを叩くような鮮やかな手つきで端末機を叩き、一人あたり6枚のきっぷ、きっぷ状の周遊ゾーンの説明書が3枚、合計で18枚も緑色の紙片が出てきた。"旅に出る"と実感するひとときである。
-…つづく