リニアモーターカー、という言葉には特別な響きがある。こどもの頃に見た絵本の未来都市には、夢の超特急としてリニアモーターカーが描かれていた。磁力で浮上し、鉄輪との摩擦から解放されて、時速500キロという未知の速度で走る。絵本では流線型の長い列車が颯爽と走っていた。国鉄がリニアモーターカーの研究に着手した年は1962年で、これは東海道新幹線の試作車が走り始めた年でもある。1960-70年代生まれの人々にとって、リニアモーターカーは未来の象徴と言うべき存在だ。
愛知万博が開催されるというニュースと時を同じくして、そのアクセス輸送としてリニアモーターカーが営業運転するというニュースも流れた。日本初の磁気浮上式鉄道、私にとっては本物のリニアモーターカーが開通するのだ。残念ながら夢の超特急ではないけれど、やっと未来が手に届いた。愛知万博に出かけるにあたり、私にとって最も楽しみなことは、愛知高速交通東部丘陵線、愛称『リニモ』であった。
大混雑のリニモのりば。
待ちこがれた未来。楽しみなリニモ。その思いは私だけではなかった。万博八草駅のリニモ乗り場には長蛇の列。警備員が掲げるプラカードには30分待ちと書かれている。ここから万博会場まではシャトルバスも出ているけれど、みんなリニモに乗りたいのだ。万博来場者にとってはこれが最初のアトラクション。万博はリニモから始まっていた。
2003年に中国が上海でリニアモーターカーを開業したとき、私は、いよいよ未来が現実になった、という喜びと同時に、日本の未来を中国に奪われたような悔しさを感じた。日本にも地下鉄大江戸線をはじめとして、リニアモーターを使って走る電車はある。しかしそれは、従来の鉄道の推進力としてリニアモーターを使う形式で、磁気浮上式ではない。これはリニアモーターカーではあるけれど、私たちの未来の列車ではない。恥ずかしいことを告白すると、私は正しい知識を得るまで、リニアという言葉は"浮く"という意味だと思っていた。だから私たちのリニアモーターカーは浮いていなくてはいけない。
曲がりくねった行列が終わると、今度はエスカレーターだ。混雑の危険を防ぐため、各フロアごとに入場制限が行われている。ロープの前で待っていると、後ろから「今日は空いているなあ」という声が聞こえる。30分もの行列は苦痛だが、これはまだ良い方で、1時間、2時間も待つ人が居るらしい、やはりリニモはアトラクションだと思う。
万博会場方面を望む。
ホームに上がると、私はまっすぐ先頭車付近に向かった。混んでいる電車に乗るときは、先頭車に行かないと景色を楽しめない。しかし今回はそれだけではなく、リニモの線路に興味がある。従来の鉄道や新交通システムとはまったく異なるシステムの乗り物だ。どんな形をしているのか、ポイントはどういう仕組みなのか。しっかり見ておきたい。
ホームから進行方向を見る。曲がりくねった線路の向こうにロープウェーのゴンドラがあった。愛知万博の長久手会場と瀬戸会場を結ぶモリゾー・ゴンドラだ。愛知万博はふたつの会場で開催しており、会場間は意外と離れ、両会場の間には愛知環状鉄道の線路がある。
ゴンドラの手前にリニモの車両が姿を見せた。ピンク色の小さな車両が3つ連結されている。線路が蛇行しているので、車両が右へ左へと曲がり、私たちに姿を披露しているようだ。もっと長い編成なら見栄えもいいだろうし、行列も短くなると思うのだが、3両編成が基本らしい。そもそもリニモは万博輸送のためだけに作られたわけではなく、東部丘陵地区の開発に合わせて住民輸送手段として作られた。
したがって、万博終了後は新交通システムとして運営を継続する。万博輸送のために大きな施設を作ると、その後の維持費がかさんでしまう。現在は短い編成で輸送力を確保するために、5分間隔で電車を走らせている。万博が終われば15分間隔程度になるのだろう。
ガラス張りの運転席まわり。
待ち焦がれたリニモに乗ると、運転席の前方は全面ガラス張りになっていた。運転席と客室の仕切りもなく、開放的な眺めである。高架線を走るから、低空飛行で空を飛んでいるような気分になれる。ガラス張りの運転席はヘリコプターの操縦席をイメージしてデザインしたのだろうか。前面は床に接する部分までガラス張りだから、線路もよく見えた。
リニアの線路は平らな板状に見える。よく見ると、左右と中央に帯状の板が伸びており、それを枕木のような梁が支えている。中央の板が推進用のリニアモーターの磁石だろうか。車体を浮かせるための磁石は、左右の板の裏側にある。電車の台車はこの板を抱え込むように回り込む。台車の下側と線路の下の磁石が引き合う力を利用して、車体を浮上させているのだ。JR東海が山梨で実験しているリニアモーターカーは磁石の反発力を利用して浮くが、リニモは吸引力を利用する。
扉が閉まり、電車が動き出す。いつ浮き上がるのだろうと思っていたが、実はすでに車体は浮いていたようだ。飛行機のように停車中は着地しており、走り出したら浮き上がると思っていた。電車はグイグイと加速して、前方の丘を迂回しつつ高度を上げていく。リニモのホームページによると、加速度は4.0キロメートルセカンド、つまり、1秒間に時速が4キロずつ上昇する。都内で加速がよいとされる京浜急行の電車よりも高い。上り勾配にもかかわらず約10秒で時速40キロに達した。
台車が線路の下に回り込んでいる。
乗り心地は意外にもやや固めだ。着地していないからゴツゴツ、ザラザラした感じはないけれどそのかわり浮遊感もない。しっかりした頼もしい足回りである。新幹線の走り始めや高級乗用車の乗り心地に似ており、何も知らずに乗ったら、浮いているとは気づかないだろう。いや、むしろ新幹線の走り始めや高級乗用車に使われている空気バネに対して、浮いているようだ、と形容しても間違っていないことがわかる。
次の愛知県陶磁資料館南駅は愛知高速鉄道の本社とリニモの車両基地がある。しかし私はすれ違う列車に見とれていたので気づかなかった。左側の車窓が見えたら気づいたと思うけれど、満員なのでそちらは見えなかった。前方には青い空と緑の丘。そこにまっすぐ伸びていく白い軌道が見えている。丘を乗り越えたところでリニモは時速70キロに達した。超特急ではないけれど、短い駅間でも力強い走りを楽しませてくれる。パビリオンらしい建物が見えている。万博会場駅。初めてのリニモ試乗はここで中断。たった二駅だが楽しいアトラクションであった。
万博会場駅の分岐機。
跨座式モノレールに似ている。
-…つづく
第119回~ の行程図
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