愛知万博など行くつもりはなかった。冷凍マンモスに興味はないし、混むと判っているところへ行きたくはない。万博会場への交通機関としてリニアモーターカーが開業したけれど、地域輸送の目的もあって作られたから、万博終了後も運行を継続する。混んでいる時期に行かなくてもいい。しかし、どうしても気になる一件がある。IMTSという、トヨタ自動車が会場内の交通システムとして運行する乗り物だ。
IMTSはインテリジェント・マルチモード・トランジット・システムの略で、圧縮ガスを燃料とする低公害バスである。愛知万博会場の北ゲート、西ゲート、エキスポドームを結んでいる。無人運転が可能で、編成を組んで走行する。列車に似た運行形態を取っているという。未来の乗り物としては興味深い。しかし、バスであって鉄道ではなく、私の趣味の対象ではない。と、思っていた。
"駅"に停車中のIMTS。
ところが、このバスが鉄道事業法が定める"鉄道事業"の対象になった。鉄道事業法によると、「他人の需要に応じ、鉄道による旅客又は貨物の運送を行う事業」は鉄道事業となる。IMTSは道路であって鉄道でないと思うのだが、法律による鉄道の定義では、鉄のレールの有無は関係なく、形態として鉄道のように専用の軌道を持つ事業を鉄道と定めている。つまり、モノレール、ケーブルカー、リニアモーターカー、トロリーバス、『ゆりかもめ』のような新交通システムも含まれる。
IMTSの場合は磁気誘導式鉄道、という形態になるそうだ。IMTSのバスは、専用の道路に埋め込まれた磁気装置をキャッチして進む。道路を使わず自動運転するバスは、鉄道の形態だから鉄道の認可が必要ですよ、というわけだ。このシステムの登場に合わせて、政府は鉄道事業法の関連規則を改正している。そこまでして鉄道だというなら、鉄道全路線の制覇を目指すなら、乗らなくてはならない路線である。
趣味だから法律に従わなくてもいいことではある。しかし、私のように鉄道の全路線踏破を趣味とする人々は、鉄道事業法に則る人が多い。なぜなら、鉄道とは何か、を定義しなければ、すべて乗る、の"すべて"が明確にならないからだ。
2本のレールがあってお客を乗せれば鉄道、としてしまうと、遊園地の遊覧電車やジェットコースターも対象にしなくてはいけない。しかしこれらは鉄道事業法の対象ではない。遊戯施設であって旅客輸送ではないからである。これによって、乗り潰し系鉄道ファンは全国各地の遊園地参りを免れているのだ。だから鉄道事業法の定義は鉄道ファンにとって共通認識だ。鉄道事業法が鉄道だと言えば従わなくてはいけない。
朝イチの新幹線で名古屋へ。
2005(平成17)年9月2日。品川駅から始発の新幹線『のぞみ1号』で名古屋に向かった。今回の目的はIMTSとリニモだけだから日帰りである。いま思えば前日に名古屋に入り、開場前から現地入りすればよかったのだが、このときの私は万博の混雑を甘く見ていた。朝一番の『のぞみ』の楽しみは、朝日を浴びた富士山の眺めだ。しかし、あいにく今日は靄がかかっている。こんな景色では旅心まで霞んでしまいそうだ。
7時39分名古屋着。スーツ姿の人々と在来線ホームに移動する。床や壁など、至る所に愛知万博会場行き乗り場の案内が描かれていた。エキスポムード一色とはまさにこのことだ。JR東海も万博輸送には力を入れており、20分に1本の間隔で『エキスポシャトル』を走らせている。エキスポシャトルは中央本線を高蔵寺まで走り、そこから愛知環状鉄道に乗り入れて八草へ、八草から万博会場へはリニモに乗り換える。
みどり色の案内表示に従ってホームに上がると、たくさんの乗客で混み合っている。万博へ向かう人だけではなく、スーツや学生服も多い。通勤通学の時間帯だから当然だ。万博輸送で増発された列車には、意外にも地元に恩恵を受ける人が多かったようだ。JR東海もその辺は察知しており、万博終了後も愛知環状鉄道との乗り入れ列車を継続すると発表した。本数は減るだろうが、新たな鉄道利用者を開拓できたらしい。
『エキスポシャトル』は10両編成の長大な列車で、しかも通勤電車並みの混雑だった。このあたりの各駅停車は4両くらいだと思っていたが、通勤時間帯ということもあってかなり乗客が多いのだろう。私はなんとか先頭車の一番前の席を確保した。窓に背を向けているので、背筋を伸ばし、首を真横に向けて前方に注目する。
白い高架線が愛知環状鉄道の入り口。
中央本線は何度か乗っているが、高蔵寺から乗り入れる愛知環状鉄道は初めて乗る路線だ。しっかりと見届けたい。エキスポシャトルは金山、鶴舞、千種、大曽根の各駅に停車した。乗る客も降りる客も多く、エキスポとは無関係の電車のようである。このあと、エキスポシャトルはやっとシャトルらしい快速運転となり、4つの駅を通過して高蔵寺に着いた。前方を見ると左へ線路が分岐して、白く新しい高架線へと続いている。あれが愛知環状鉄道へ進入するための連絡線だ。
愛知環状鉄道は、元々国鉄路線として建設される予定で、岡崎と新豊田を結ぶ岡多線が先行開業していた。岡多線は岡崎と多治見を結ぶ路線として建設されたが、国鉄の赤字が問題となって建設が凍結。岡多線も廃止対象となった。これを地元の自治体が出資する第三セクターとして引き継ぎ、新豊田~高蔵寺を延伸開業して愛知環状鉄道となった。愛知環状鉄道という名は、環状線を建設するつもりだからではなく、勝川から枇杷島まで計画されていた旧国鉄瀬戸線、現東海交通事業城北線を結んで環状の鉄道網を作ろう、という構想に由来する。
名古屋方面のホームが長い。
高蔵寺からは愛知環状鉄道発足後に作られた新しい路線である。中央本線と別れるとすぐに庄内川を渡り、そのまままっすぐな高架線を走ってトンネルに入った。複線のしっかりした線路で、地方の第三セクターというよりもJRの幹線のようだ。ただし駅だけはローカル線の仕様で小さなホームである。名古屋方面のホームが長いところから察すると、朝の上り電車の編成は長いのかもしれない。
瀬戸市を過ぎると単線になった。しかし複線化工事は続いているようで、路盤だけは複線になっている。愛知万博の開催は愛知環状鉄道にとって発展の起爆剤だった。急遽、複線化工事を進め、主要駅も10両編成に対応させて、エキスポシャトルを受け入れた。当初は日中に2両編成、ラッシュ時に4両編成を運行する計画だったから、10両編成の電車の乗り入れは大事件である。その10両編成が満員の乗客を乗せて走っている。愛知環状鉄道にとっては、今がかき入れ時である。
名古屋を出て約40分。エキスポシャトルは万博八草に到着した。隣には先に到着していた10両編成の電車がいる。対抗式ホーム2本の間に幹線用の通勤電車が並んでいる。堂々たる佇まいではないか。電車から大勢の人々が流れ出し、出口へ向かって行進している。この電車の定員は約130名、乗車率を150パーセントとして約200名。10両編成だから、1本の列車に約2,000名が乗っていたことになる。昼過ぎまでにエキスポシャトルが20本走っている。鉄道だけで半日に4万名が万博に訪れる。どうりで混雑するわけだ、と妙なところで納得した。
万博輸送列車が並んだ。
八草駅は万博期間だけ"万博八草"駅になっていた。
-…つづく
第119回~ の行程図
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