40分の行列に耐えて、やっと万博会場に入った。冷凍マンモス、最新のロボット、世界各国の展示……。まさに古今東西が同居する万博会場で、私はまっすぐIMTSの乗り場に向かった。それは北ゲートの近く、電気事業連合会とJR東海のパビリオンの間にあった。遠目には人影も少なく、営業しているのかわからないほど。未来の鉄道は、未来のローカル線を再現したつもりだろうか。
IMTSに乗ると、ここを離れてしまう。私は気が変わって、近くにあるJR東海パビリオンに並んだ。リニアモーターカーに関する展示を行っている。乗車を疑似体験できるという3D映画は迫力があり、併設された超伝導リニアの実験設備も興味深かった。おもしろい、とはちょっと違う。博物館のような作りで、エンターテイメントよりも"見学"する、勉強する、という印象だ。しかしそれは博覧会の趣旨に添ったものだといえよう。ここは遊園地ではなく博覧会である。
リニアモーターカーを見学。
私がJR東海館でもっとも評価したいところは、入場待ちの人々に見せるプロローグ的な映像である。鉄道の歴史をざっとおさらいするという内容である。新幹線の父、島秀雄氏の名が出たとき、私の胸が熱くなった。技術立国日本を語るとき、この人を忘れてはいけない。
島秀雄は新幹線建設に貢献したにもかかわらず、新幹線開業の前年に国鉄を退職している。当時の国鉄総裁十河信二が新幹線建設で予算をオーバーした責任をとり辞職。十河と共に新幹線を実現させた島も自ら退いた。何か確執があったのか、島を新幹線開業式典に招待しなかった。蒸気機関車からリニアへの歴史を語るとき、JR東海が島氏の功績をきちんと紹介してくれたことが、私はとてもうれしかった。
島秀雄氏が手がけた鉄道の未来、それが新幹線だ。リニアモーターカーもその延長にある技術である。しかし、新幹線以外の地域コミュニティを担う鉄道は、かなり厳しい状況だ。赤字ローカル線は廃止され、人口が減少していくなかで、消えていく線路がある。しかしその一方で、安全で低コストなバスを作り、専用軌道を与えようというアイデアが生まれた。それが法的に鉄道事業にあたる、と規定されたIMTSである。リニアモーターカーとIMTSが並ぶ風景に、見えない糸を感じたのは私だけかもしれないが。
IMTSの北ゲート駅は人が増えていた。最初に行ったパビリオンの見学が終わり、人々が会場内を移動し始めたようだ。案内係は美女がそろって、モーターショーの一角のよう。「こちらはIMTSの北ゲート駅です」、「次の列車はEXPOドーム駅行きです」と案内している。これは駅なのか。確かに低いホームがあるけれど、そこには線路がなくアスファルトの道路があり、やってくる乗り物はバスである。鉄道事業法の認可を受けたとはいえ、なんだか無理をしているな、と思う。停留所ではなく駅、バスではなく列車。マニュアル通りに案内する様子を見ていると、彼女たちも納得していないようだ。
北ゲート駅。
停留所、いや、駅は万博会場の端にあり、リニモが見える。乗っているときは気づかなかったが、意外と高いところを走っている。それをぼけっと眺めていると、IMTSのバスがきた。2台が続行しており、その間隔は1メートルほど。運転士はいない。大柄なバスで、アメリカかヨーロッパの空港連絡バスのようなエキゾチックな形だ。窓が大きく、ガラス部分が天井まで回り込んでいる。バスはその姿を私たちに披露しつつ、ホームがある道路の隣を通過した。そちらに目を向けると、バスがループ線を回ってホームに戻ってきた。転車台やバック運転の切り返しはしない。そこまでは自動化できないらしい。
大柄な車体なので車内も広い。窓は開かないけれど、ガラス窓が大きいので見晴らしがいい。自動運転なので運転士の姿はない。その代わり、万博のキャラクター、モリゾーのぬいぐるみが座っている。「ほらほら、モリゾーが運転士だよ」と家族連れがこどもに教えている。もちろんこどもたちは大喜びだ。IMTSは無人運転が売り物だけれど、こどもたちにはモリゾーのバスに乗った思い出が残るのだ。私もこどもの頃、おさるの電車は本当に猿が運転していると思っていた。
低いエンジン音が大きくなって、バスが発車した。未来のバスだから電気モーターで動く思っていたので、このエンジン音は意外だ。もっとも、燃料は圧縮天然ガスを使っている。圧縮天然ガスはガソリンや軽油に比べて、排気ガスに含まれる有害物質が少ない。環境に配慮した万博にふさわしいエンジン、ということらしい。道路は一車線で、途中の駅ですれ違う仕組みなのだろう。
運転士はモリゾー。
乗客は満員。通路も立ち客が多い。それでも窓が大きいので景色がよく見える。だが、お世辞にもよい眺めとはいえない。愛・地球博は森林と湖を活かした造りだと聞いていたが、IMTSの"線路"の周囲はアスファルトとコンクリートばかり。どうやらこのルートは万博の舞台裏らしい。作業車や軽トラ、なぜかパトカーもよく見かける。そんな殺風景な道をバスはゆっくり走っていく。テレビや雑誌には登場しない眺めだから、これはこれでおもしろい。
前方には先行するバスの背中が見えている。こちらとの間隔は、ほぼ1メートル。カーブでも脱線せず、急な坂でも車間距離は変わらない。IMTSで見るべきものは景色ではなく、システムなのだ。速度は都心の路線バスと同じくらい。専用道路を走るにしてはゆっくりしている。無人運転だから、乗客を不安にさせないために、わざとスピードを出さないのだろう。
バスは急坂を下りて、グローバル・ループと名付けられた回遊歩道をくぐり、西ゲート駅に到着した。本線唯一の中間駅だが、降りる人は少ない。しかし乗る人は多く、通勤ラッシュ並みの混雑になった。EXPOドーム駅のそばには眺望のよいロープウェイ『キッコロ・ゴンドラ』の乗り場がある。乗り物で回遊を楽しむ人も多いのだろう。
西ゲート駅に進入する。
西ゲート駅はすれ違い設備があり、隣のホームには北ゲート行きのバスが3台そろって到着した。3台目の運転席には背広姿の係員が乗っている。有人運転区間用の運転士さんだ。IMTSは無人運転の本線のほかに、有人運転をする支線がある。この西ゲート駅が支線への分岐点になっている。鉄道事業法の適用を受けている部分は無人運転の本線だけだが、無人区間と有人区間の切り替えにも興味がある。帰りは支線にも立ち寄るつもりである。
-…つづく
第119回~ の行程図
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