■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。2008年より工学院大学にて「テキスト商品学」講師。




第1回〜第50回まで

第51回〜第100回まで

第101回:さらば恋路
−のと鉄道能登線−

第102回:夜明け、雪の彫刻
−高山本線−

第103回:冷めた囲炉裏
−神岡鉄道−

第104回:再出発の前に
−富山港線−



■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
〜書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
〜コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■更新予定日:毎週木曜日

 
第105回:世界でただひとつの車窓 −JR氷見線−

更新日2005/07/28


高岡駅の氷見線のホームは、駅本屋の脇を通った奥にあった。改札口から階段を使わず行ける。しかし隅に追いやられた感もある。ローカル線らしい微妙なポジションだが、氷見線も前身は私鉄だと知って納得する。ホームにたどり着くと、ちょうど上り列車が到着した。車体全面に「忍者ハットリ君」が描かれている。こども向けイベントかと思ったら、作者の藤子不二雄A氏が氷見出身という由来である。私は藤子不二雄A氏の作品なら『笑ゥせぇるすまん』が好きだが、さすがに"喪黒福造列車"はどうかと思う。


ハットリ君列車がいた。

そのハットリ君列車から、意外にもたくさんの乗客が流れてくる。富山4線はローカル線だと言うが、しっかりと地元の生活に根付いているように見える。どうやら、廃止の心配は杞憂に終わりそうである。富山港線の改革が成功すれば、ほかの路線も再生されるかもしれない。それは富山県だけではなく、全国の、あるいは世界の鉄道や自治体の関係者が見守っているはずだ。自動車の普及で役目を終えようとする線路はほかにもある。長大な廃墟となるか、再生できるか。富山4線の取り組みに注目したい。

ハットリ君列車に乗れるかと思ったら、次の列車は隣のホームの赤いディーゼルカーだった。ハットリ君はかなり多忙で、城端線などいくつかの路線にも"出没"するらしい。しかし私が乗ったディーゼルカーも興味深い車両だった。キハ28とある。かつて、全国の路線で急行列車として活躍した車両だ。20年前、高校生の私が周遊券で旅をしていた頃はよく見かけた。特急は本当に特別な列車で、急ぐ旅なら急行列車を使ったものだった。当時の周遊券は急行料金が無料になったので、私はなるべく急行列車を選んだ。車内は改装されて、シートも張り替えられているが、座ってみれば懐かしい。

終点の氷見までは約30分。短い車中だが、私はここで鱒寿司の包みを開いた。4人がけのボックスシートを占領し、前の席へ足を投げ出して、リラックスして駅弁を食べる。これぞ列車の旅、というスタイルである。これで景色が良ければ最高の気分になる。しかし、よほど腹が減っていたのか、私は発車する前に平らげてしまった。ぎっしりと飯が詰まって、外観の量以上に満腹感がある。押し寿司は、忙しい旅人や武士の行軍のために開発されたのだろうか。


昼食は鱒寿司。
丸い形が有名だが、ひとり用の小さな箱もある。

列車は北陸本線を離れ、郊外へと向かっている。富山港線と同様に住宅が多く、学校や病院もいくつか見える。ただし、雪が積もった白い地面が多いところを見ると、田畑の割合も多そうだ。休耕地かもしれないが、こればかりは夏にならないとわからない。越中中川駅には立派な駐輪場ができていた。生活の足として根付いている証拠である。通勤や通学で列車を利用する人が多いようだ。

左から線路が合流して能町駅に着く。その線路は貨物専用線で、地図を見ると小矢部川沿いの工業地帯に細かく引き込み線が出ていた。氷見線は現役の貨物路線で。それを印象づけるかのように能町駅の構内は広い。雪が積もって白い空き地のようだが、遠くに黄色い除雪車が停まっている。あそこまで線路が並んでいるのだろう。なんだ、この路線も安泰じゃないか、と思う。もっとも、神岡鉄道のように荷主が契約を断つこともあるから油断はできまい。

能町を出て、左にまた貨物線が分岐する。このあたりは伏木港を中心とした工業地帯になっている。車窓からは複雑にパイプが入り組んだプラントや、タンク貨車が多数留置されている様子が見える。製紙工場もあった。高岡市の工業の中核はアルミニウムで、その技術の基盤になった産業が銅合金である。そこから技術や商品市場の連鎖があり、漆器、プラスチック、化学工業も盛んだ。伝統産業の漆器やニットも全国有数の土地だという。氷見線は産業地帯の真ん中を走っているが、運行間隔は1時間半に1本ほどだ。私が鉄道王なら、複線化して15分おきに列車を走らせたいところである。


能町付近は工業地帯。

伏木を出ると民家の密集地帯である。かつて幹線の急行列車に使われたディーゼルカーには役不足の感もある。しかも建物が多いわりに乗客は少なく、その人口密度の対比に寂しさを感じた。しかし、越中国分を過ぎると左に日本海が現れて、かなり気分がよい。

トンネルを出ると男岩が後ろに流れていく。女岩が現れる。男岩・女岩という地名は全国にある。しかし由来はよくわからない。海岸を歩くと、くっついたり離れたりするように見えるからだろうか。それらを過ぎると雨晴駅だ。湾が湾曲するため、雨晴海岸は東を向く。海岸から立山連峰を眺める名所で、海越しに3,000メートル級の山を眺められる場所は、世界でここだけだという。

氷見線は世界でここだけの景色を車窓から眺められる。それをぜひ見たいと思ったけれど、空気の澄み具合など、よほどの好条件が重ならないと見えないようだ。こちらは晴れてきたけれど、残念ながら海の向こうは雲がたれ込めていた。


女岩越しに立山方向を望む。

 

第95回以降の行程図
(GIFファイル)

-…つづく

 


 
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