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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第229回:見せるための台所と家の心

更新日2011/09/29


昔から、日本の家屋はウサギ小屋だと西洋人に言われています。でも、それは最近の日本の家を見たことがない外国人が言うことで、日本でも、なかなか西欧並の家が多くなってきたことを知らないのでしょう。西欧並みというのが、決して褒められたことではないのですが……。

先日、日本と西洋の家を比較して、日本の家には煙突がない……と、鬼の首でも取ったように書いている文章を読み、今では北海道でも、石炭、薪で暖房をしている家は少ないことを知らないのかしらと、大いに疑問に思いました。

本当に暖房が必要な地域でも、今では、世界中のどこでも、屋根からニョッキリ突き出た煙突など必要がない石油の集中暖房器具を使っていると思うのですが……。

確かに、アメリカの北部、ヨーロッパの北部の一戸建ての家には、暖炉用のレンガの煙突をよく見かけます。有名なロンドンの煙突群とそこから吐き出されるスモッグに象徴されるような風景は、暖炉を家の主なヒーティングシステムとして使っていた戦前のことで、今ではクリスマスのムード造り用に火を入れるくらいのものです。

おまけに、大半の暖炉も実はガスで、人工の丸太や薪のような石を照らしているだけです。煙突は家にアクセントを付けるだけの道具立てに過ぎませんし、暖炉も室内装飾の一部に堕しているのです。

日本の家とアメリカ、北ヨーロッパの家との大きな違いは台所にあると思います。私のお姑さんのアパートにダイニングキッチンというのでしょうか、居間と一緒になった、小さな台所があります。コンロもアメリカならキャンプで使うような"小人の国仕様"の2口のコンロで、オーブンは付いていません。便利な魚焼器は付いていますが……。

この台所から、幾千ものおいしい料理が魔法のように作り出されてくるのです。台所は本来おいしいご馳走を創るための場所なのですから、設備は目的にかなっていればそれでいいのです。

アメリカや北ヨーロッパの家の台所は、日本やアジアの国なら大型レストランでも開けそうなくらい広々としていて設備も立派です。私が学生の時、8人共同で借りていたスチューデントアパートでさえ、大型の冷蔵庫、4口のコンロ、オーブン、自動食器洗い機、電子レンジに二つの大きなシンクが付いていました。

私の親戚や妹、弟の家の台所、彼らは中流程度に属するでしょうか、彼らの家の台所は、東京、新橋にあるパナソニックのショールームの台所のようです。今、セントラルアイランド方式(中ノ島式)が流行っているようで、広々した台所の中央に島のように、ガスや電気のコンロ、レンジ、調理台が居座り、360度方面からアプローチできます。

設備も自動のスティーマー(蒸し器)やガスと電気両方使い分けができるコンロ、レンジ、肉を焼いた時に煙が下に吸い込まれるステーキ専用のコンロ、大型の釣鐘のようなレンジフードなどなど、ただただ呆れるばかりです。

私の両親の家には、冷蔵庫が四つ、別に巨大な冷凍庫が二つあり、しかもギッチリとモノが詰まっているのです。肝心のお料理ですが、そんな素晴らしいハリウッドの映画で見るような台所からどんなご馳走が出てくるのかといえば……、たいていは電子レンジでチンか同じレベルのもしか作りません。

アメリカ、北ヨーロッパの台所は、主婦の自己満足と他の人に見せるため、いわば見栄のためにある……と言ってもよいでしょう。第一に、彼らは台所を汚すような料理を嫌い、どんな臭いでも、たとえそれが香ばしく食欲を誘うものであっても、台所から臭いが漂い出ることを嫌います。煙や臭いを出す料理は、屋外で、これまた超大型のバーベキューセットでやる、と決まっています。

ヨーロッパでも、南に行くと、あの脂ぎった小さな台所から、ヨクゾあれだけバリエーション豊かなおいしい料理が出てくるものだと、感心せずにはいられません。ニンニクをオリーブ油で炒めた香ばしい香りが、家の中だけでなく狭い通りにまで流れてきたりします。南ヨーロッパの国々では、まだ台所は本来の意味を失わず、純粋においしい料理を作るための場所なのでしょう。 

これはできるだけ触れないでおくのが礼儀なのですが、南ヨーロッパの台所に必ずある、揚げ物に使った古い油を入れる壷のことです。ギトギトと油がこびりつき、何年前かに揚げた焦げたカスが底に溜まっていたりする壷です。それがアラジンの魔法のランプよろしく、おいしい料理の発生の地、大元だと言うのですが……?

アメリカ、北ヨーロッパの家には、まず、そんな油の壷はありません。第一、家の中や台所が汚れる揚げ物などの料理をしないからです。ポテトチップ、お芋の唐揚げ、フライドチキンなどは、外で買って食べるものなのです。

台所は家の中心です。胃袋に直結した心というのもおかしいですが、家の心だと思うのです。  

私の両親の家に帰るとき、彼らのハリウッドの映画的台所から何が出てくるか全く期待できませんが、逆に日本のお姑さんの小さな、ままごとのような台所からは何が飛び出すか分からない、魔法の玉手箱のようなのです。

さてはて、我が家の台所はいかに……? 一般論を述べるときには、個人的なことを訊くのは失礼ですよ……。

 

 

第230回:花の命は短くて……

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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