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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第202回:多文化主義の敗北…?

更新日2011/03/24


全く個人的な嗜好の問題かもしれませんが、私は様々な文化、価値観が全く違う国々、似ているようで全く違う言語体系、ついでに色々風変わりなエスニック料理にとても興味があります。それが昂じて言語学者になったようなものです。

いまも国際学生会のスポンサー役をしていますし、大学時代にも国際学生会館の寮に住み、ルームメイトはタイからの留学生でした。その一年以上の間、タイ料理ばかり食べていたような気がします。

全く違った文化を知れば、当然、どうして彼らがアメリカに対してそのような考え方をするようになったのか理解できるでしょうし、互いに理解し合えば自然に戦争もなくなると、心のどこかで思っていました。そんな理由で、元日本人らしい一種国籍不明のダンナさんを持つことになったのかもしれませんが。

アメリカは人種の坩堝(ルツボ)で、雑多な民族が寄り集まって作った国です。ですから、他の国、異なった民族を理解するのが、お互い旨くやっていく鍵になります。そういう意味では、アメリカは建国のときから、多国文化主義を取らなければならない運命にありました。当初、ヨーロッパからの移民だけの時は、スノッブなアングロサクソンものん気なポーランド系も、頭の固いアイルランド系も、食べることに目のない陽気なイタリア系も、何とか旨く折り合いをつけてアメリカを形造ってきました。

そこへ、アジア系の人々が大量に入ってきましたが、彼らもどうにかアメリカに溶け込み、それどこころか勤勉さを発揮して、歴史的にはいつも虐げられるはずの"遅れてきた移民"は、逆に社会のトップクラスに位置するようになりました。

もともとのアメリカ人という人種はインディアンだけですから、後から来た私たち移民は、他の人種、民族、文化には寛容でなければ成り立ちようがなかったと思います。今でもアメリカほど大量の難民、移民を受け入れている国は世界にありません。

ところが、今年の2月にサウディアラビアからの留学生・アルダウサリ(Kholid Ali-M Aldawsari)が、大量の爆発物をテロ用に集めていた容疑で逮捕されました。彼は英語をマスターした後、名門のテキサス工科大学に入り、そこの寮に住んでいました。彼のノートによると、ブッシュ元大統領の家、法務省、カルフォルニアとコロラドのダム12箇所を爆破するリストに入れていたといいます。

現在、3,400人ものサウディアラビアからの留学生が米国に滞在しています。他のアラブの国々全体から、それにヨーロッパの国籍を取得したアラブ系の留学生を加えると数十万人になるとみられています。その他にも、働くために移住したアラブ系の人たちと家族を加えると何百万人の単位なります。その中から、ほんの一握りのテロリストを焙り出すのは、砂浜に落としたコンタクトレンズを探すようなものでしょう。

幸い、今回は化学薬品会社と危険物配送会社が不信に思い、警察に通報し、アルダウサリ逮捕につながりましたが、それがなければ、とてもFBIや地元警察の手の及ぶことではありませんでした。アルダウサリは、警察の要注意人物の末端にすら載っていなかったのですから、危ういところで、第二のニューヨーク、貿易センタービルの二の舞を逃れたのです。それにしても、アメリカでインターネットを通して、爆薬の原料がオーダーできるのに驚きました。

このような事件に接するたびに、アメリカの多文化主義、私が信奉している異なった文化に対して寛容であることという信条が揺らぎ、崩れていってしまいます。基本的に相手も私と同じ考え方、私たちの文化を理解し、尊重しようとする態度がなければ、多文化主義というのは成り立たないのでしようね。

哀しいことですが、英国のキャメロン首相は、ロンドンの地下鉄、バスの連続爆破事件を受けて、「イギリスの多文化主義の政策は失敗だった」と言っていますし、ドイツのメルケル首相も全く同じコメントを述べています。

これは多文化主義の敗北宣言なのです。 
私たちは、今まで接したことがない文化に向き合っているのかもしれません。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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