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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第223回:クマが出た!

更新日2011/08/18


どうしてもタイトルというのは、読者の目を引くために大げさになってしまう傾向があります。"クマが出た!"といっても、私の家にクマが入ってきたわけではありません。それどころか、この家の界隈でクマを見たことがないのですから、不当表示と叱られても弁解できないのですが、マー、今シーズンのクマ談義をお聴きください。

先週、日本から来た義理のお姉さんと、私のダンナさんとの三人でアメリカ中西部の国立公園巡りをし私たちが山に分け入るのは、クマたちの領域に足を踏み入れることになると心して、これから残りの夏の山歩きをしようと思っています。てきました。年間の入園者がグランドキャニオンに次いで多いイエローストーン国立公園でもテントを張り、キャンプしました。

イエローストーンの魅力は、地獄谷のようにあちらこちらに煮えたぎったお湯や溶岩が出ていて、規則正しく噴出する間欠泉があることと、野生の動物たちがたくさんいることです。狼などのように、一度絶滅したものを、もう一度移入した動物もいますが、バッファローやヘラジカ、エルク(トナカイ)、カモシカなど、大型の動物が公園内の道路から観察できます。

写真慣れ、車慣れしたバッファローやエルクが、我が物顔で悠然と車道を歩き、イエローストーン国立公園独特の動物歩行者天国、動物のための交通渋滞を起こすほどです。

残念ながら、と言ってよいのかどうか、グリスリー(世界最大のクマ)は見ることができませんでした。しかし、私たちがテントをたたみ、公園を離れて5日たった7月8日、カルフォルニアから来た薬剤師さん夫婦がクマに襲われ、57歳のダンナさんの方が噛み殺されてしまいました。

彼らは4回もイエローストーンを訪れているうえ、山登り、ハイキングのベテランでした。色々な新聞を読んでみると、どうも子連れのメスグマに出会ったことが運の尽きだったようです。

中西部の国立公園をキャンプして歩いていて気が付いたのですが、どこでもクマに対して異常に神経質になっています。ゴミ箱は四角い鉄製の大きな箱で、私たち人間にとっても、どうやって蓋を開けるか、知恵の環のように難しい構造になっており、高崎山のサルでも開けることができないでしょう。

食料を入れる小さめの鉄の箱も各テントサイトにあり、食料はもとより、歯磨き粉も、ペットボトルも、夜間はすべてその箱の中に入れ、絶対にテーブルや野外に何も置かずに、必ず車の中か、鉄の箱にしまうことになっています。

クマに訊いてみないと分りませんが、食料品などをそんな鉄の箱に入れ、食べる物が見当たらないと、唯一の食べ物となる人間様の方に触手を向けるのではないかとも思えるのですが、どんなものでしょう。

これほど、国立公園のレンジャーがクマ襲撃に対して強い対策をキャンパー、ハイカーに強いているのには理由があります。実際、アメリカ的というのか、ユタ州の国立公園内で少年がクマ食い殺され、両親が国立公園を相手取って裁判に訴え、1.9ミリオンドル(1億5千万円相当)を勝訴し、国立公園に支払いを命じたからです。近くにクマが出没しているのに、国立公園が必要な注意を促さなかったというのです。

このニュースを読んだ時、めったに怒らず、辛抱強いウチの仙人の憤りは見ものでした。「クマに食われたといって訴えるような奴は山を歩く資格がない」とか、終いには、「そんなアホな判決を下すアメリカの裁判システム自体が狂っている。俺がクマに食い殺されても、裁判に訴えるようなみっともないまねはするな…」とまで、言い荒れていました。

カルフォルニアのクマに食べられた薬剤師さんのケースでも、国立公園のレンジャーはスポークスマンを通して、彼らがクマに襲われたのは、"グループで歩くよう"パンフレットに書いてあるのに、二人だけでハイキングしたからだ……と、裁判への予防線みたいなコメントを発表しています。

国立公園といってもイエローストーンは、日本の一つの県よりはるかに大きく、そこ全体をできるだけ自然のまま残そうというのですから、公園を訪れる人に多少自然、とりわけ野生の動物に対する心構えが必要になってきます。

イエローストーンでクマに襲われる可能性は三百万分の一だそうで、宝くじに当たるより難しい確率です。デトロイト市街でピストルで撃たれる可能性よりはるかに低いのですが、その三百万分の一に当たってしまった人は命を落とすことになるのですから、いくらアメリカの市街地でピストルの弾に当たったり、交通事故に遭う確率より低いといっても慰めになりません。

 

 

第224回:憧れの優雅な生活とは…

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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