第440回:流行り歌に寄せて No.240 「噂の女」~昭和45年(1970年)7月5日リリース
1969年(昭和44年)公開の、アメリカン・ニューシネマの代表作と言われた『真夜中のカーボーイ』(Midnight Cowboy)。ジョン・ボイトとダスティン・ホフマン演じるジョーとラッツオのニューヨークの片隅で暮らす二人の生き方は、当時の多くの若者の共感を得て、日本でも大きな話題となった。
この映画のテーマ曲が、ハリー・ニルソンの歌う『うわさの男』(Everybody's Talkin')であった。この曲はフレッド・ニールが作詞・作曲をし、自ら歌ったもので、ニルソンはカヴァーなのだが、今ではニルソンのバージョンの方が圧倒的に有名である。(余談だが、ニルソンを最も有名にした全米・全英1位の大ヒット曲『ウィザウト・ユー』も、バット・フィンガーの曲のカヴァー。筋金入りのカヴァー・シンガーと言える。)
『真夜中のカーボーイ』が日本で公開されたのが、今回の『噂の女』発売の前年の10月だから、今回もしかしたら山口洋子がそのタイトルに触発されてと邪推してみたが、おそらくそれは当たっていないかも知れない。
『噂の女』というタイトルは、昭和29年(1954年)公開の溝口健二監督の大映映画でも使われている。田中絹代と久我美子が母娘役となった、京都島原の廓を舞台にした映画である。こちらは、それから16年前ということになる。
なぜ、そこまでタイトル名に固執するかと言えば、とても端的でインパクトのあるタイトルだと考えたからである。
「二課のSさん、今かなり噂の女なんだってな」、「まったく浮いた話がない。たまには噂の女とか言われてみたいわ」などと、ひと昔前軽く言われていたような言葉だが、さて実際にそんな対象になっていたとしたら、どんな思いになるのだろう。
「人に噂されている」。小心者の私だったら、心中穏やかでいることは叶わず、いつも何かに怯えながら生活することになりそうだ。開き直る勇気はないだろう。
ニルソンの『うわさの男』の方では、「人は俺のことをいろいろ噂しているが、そんなの関係ない。君との愛に生きるだけさ。そんな俺の愛を置き去りにしないよな」と強気なようでいて、若干揺れ動く男の心を歌っているようだ。
「噂の女」 山口洋子:作詞 猪俣公章:作・編曲 内山田洋とクール・ファイブ:歌
女心の 悲しさなんて
わかりゃしないわ 世間の人に
止して 止してよ なぐさめなんか
嘘と泪の しみついた
どうせ私は 噂の女
はなさないでと 甘える指に
男心は いつでも遠い
そうよ そうなの 昨日の夜も
すがりつきたい あの人に
夢を消された 噂の女
街の噂に 追われて泣けば
あせてみえます くちびるさえも
つらい つらいわ つめたい青春(はる)を
怨むことさえ あきらめた
弱い女は 噂の女
山口洋子、この時33歳。この3年前頃から始めた作詞家活動だったが、この年の6月5日に、前々回にこのコラムでご紹介した野村真樹の『一度だけなら』で、猪俣公章と組み一躍脚光を浴びる。
そして、そのわずか1ヵ月後に発売されたこの『噂の女』で、オリコン・チャート週刊2位(1位は前回ご紹介した、由紀さおりの『手紙』)、50万枚以上を売り上げるヒットとなった。
この曲のできる少し前、山口洋子には交際相手がいた。昭和36年(1961年)、新人で35勝という鮮烈デビューをした、中日ドラゴンズのエースであった権藤博投手である。
「権藤 権藤 雨 権藤」という流行語ができるほど、頻繁に起用され、1年目が35勝19敗、2年目が30勝17敗という驚異的な数字を上げる。しかし、その無理な登板が祟って3年目は10勝12敗、4年目は6勝11敗。
肩を壊してしまい、5年目からは周囲の勧めで野手に転向したが大成せず、8年目のシーズンで再び投手に戻ったが1勝1敗の成績を残し、その年現役を引退している。
クラブ『姫』に通い続けていた権藤と、ママである山口は、いつしか恋仲になっていった。山口にとって権藤はひとつ年下の男性だったのだ。二人が接近していったのは、権藤が驚異的な登板を続けていた時期の後の、少し調子を落とし始めた頃ではないかと、私は想像する。
二人の仲は、もはや噂の域ではなく、多くの知るところとなり、周囲ではゴールインも間近だと、これは噂されていたが、結局破局を迎えることになった。その辺の模様は山口の著作『ザ・ラスト・ワルツー「姫」という酒場』に書かれているという。
今回は邪推続きで恐縮なのだが、この『噂の女』には、破れてしまった恋の心情があらわれているのではないかという気がする。もちろんプロの作詞家だから、自分の本心をそのまま書きつけるようなことはないだろうが、随所に思いを滲ませることはあろうと思う。
さて、前々回にも書いたが、猪俣公章は生前「『噂の女』は森進一のために書いた曲だが、彼に断られたためクール・ファイブに歌ってもらった」と述べているとのことである。確かに、森進一の歌唱であってもしっくり来そうである。
ただ、私の好みで言えば「止して 止してよ」「そうよ そうなの」「つらい つらいわ」や「うわさ~の女」の部分、森の歌い方だと、細く絞り上げていく感じがするのだが、前川の歌唱は太くしゃくり上げていく感じで、こちらの方が曲に迫力を持たせられるような気がして、良いように思う。
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