第435回:流行り歌に寄せて No.235 「笑って許して」~昭和45年(1970年)
和田アキ子という人の名を知って、最初の頃の印象に残っているのは、この曲がヒットした昭和45年頃に『週刊少年ジャンプ』に掲載された、彼女へのインタビュー記事である。
少年ジャンプといえば、当時『ハレンチ学園』が全盛期で、ある意味、少年たちが性の世界への扉を開けることを手助けする役目を果たしていた雑誌だった。
インタビュー内容は、あまり具に覚えていないが、好きな食べ物のことや趣味のことなど、あとは、この雑誌らしい少しエッチな感じの質問を編集者が投げかけていく。これは、週替わりで他の新人アイドル(当時は、まだアイドルという言葉はなかったけれど)に対しても同じことをしていた気がする。
彼女は、比較的素直に答えてはいたが、言葉の端々で「なんで、こんなかったるい話を聞かれるんだろう」という雰囲気を醸し出していた。
和田アキ子は、昭和25年4月10日、大阪は天王寺で生まれた。父親が大変厳しい人で、鉄拳制裁などを辞さない姿勢で娘と対峙したため、彼女はそれに強く反発をした。
そして、すでに中学2年生にして女番長として子分を引き連れ、やがて大阪のミナミの繁華街では、「ミナミのアコ」として、一目置かれる存在になっていた。また、彼女のソウルフルな歌声が評判となり、ジャズ喫茶やゴーゴー喫茶で歌っていたところを、ホリプロダクションの堀威夫社長にスカウトされたのだった。
『笑って許して』のレコード発売から、わずか1ヵ月余り後に封切られた、長谷部安春監督の日活映画『女番長 野良猫ロック』では、実際に活動していた大阪のミナミから、東京の新宿に舞台を移し、主人公としてそのスケバン振りを熱演している。
防塵マスクを被り、バイクを乗りこなす。男勝りの長身、クールでドスの効いた表情でナイフを振り翳す姿は、実にカッコ良かった。だから、他愛のない少年向けのインタビューなど、やはりかったるいと思ったのも無理はないと思う。
歌手と並行して、日活のアクションスターとしてスクリーンで暴れ、人気女優になっていく道もあったと思うが、和田アキ子にとっては映画の現場が馴染めないものだったらしく、その後は映画界とは遠ざかった活動をしている。これは、私の個人的な思いとしては、大変残念な話だと思う。
「笑って許して」 阿久悠:作詞 羽根田武邦:作曲 馬飼野俊一:編曲 和田アキ子:歌
笑って許して ちいさなことと
笑って許して こんな私を
抱きしめて 許すといってよ
いまは あなたひとり あなたひとり
命ときめ 命ときめ 愛してるの
愛してるの しんじてほしい
笑って許して 恋のあやまち
笑って許して おねがいよ
たったひとこと ほゝえみ見せて
たったひとこと ことばがほしい
いじめても 許すといってよ
いまは あなたひとり あなたひとり
命ときめ 命ときめ 愛してるの
愛してるの しんじてほしい
笑って許して なんでもないと
笑って許して おねがいよ
阿久悠にしては、かなりシンプルな詞である。そしてリフレインも多い。和田アキ子とは、昭和43年10月のデビューシングル『星空の孤独』(ロビー和田の作曲、村井邦彦の編曲による素敵なR&B)からのお付き合いである。
彼女のソウルフルな歌唱力を前面に押し出すために、敢えてシンプルで繰り返しの多い詞を作ったのだろうか。
ただ、ひとつだけ意味がわかり難い歌詞がある。「いじめても 許すといってよ」の箇所である。「これから自分のことをいじめても良いから 許すと言ってほしい」という意味なのか、「自分はあなたを傷つけてしまったけれど 許すと言ってほしい」という意味なのか。未だに解らないでいる。
作曲家の羽根田武邦という人については、今回あまり調べることができなかった。この後、今回と同じく阿久悠、馬飼野俊一と組んで『貴方をひとりじめ』という曲を彼女に提供しているが、その後の和田アキ子の曲には名前が載っていない。
杉田かおるのヒット作であるテレビ・ドラマ『パパと呼ばないで』のテーマ曲の『虹』挿入歌『夜明け』、そしてNHKの昭和46年12月から翌年1月の『みんなのうた』の1曲『歩いて行こう』などを作曲しているようだ。もう少し、知りたい人である。
編曲の馬飼野俊一は、『笑って許して』で、この年の第12回日本レコード大賞・編曲賞』を受賞した。前にも書いたが、今後もこのコラムで何度も登場する、夥しい実績を誇るアレンジャーである。
そして、この曲は和田アキ子の、現在のところ39回を数えるNHK紅白歌合戦出場の、初出場を決めた曲であり、彼女は初回を含め、紅白では4回歌っている。
さて『笑って許して』を初めて聴いた中学2年生の頃は、「この後、きっと彼は笑って許してくれるだろう」といたって楽観的に考えていた。ところが年齢を重ねるということは、良きにつけ悪しきにつけ、いろいろな概念が纏わりついてくるもので、「そんな簡単なものじゃないよな」という思いを強くすることもあった。
ただ、最近になると「いいじゃないか。ハッピーエンドで終われる可能性があるものなら、できるだけそうしておきたいな」と考えるように変容してきたのである。これは、人間が穏やかになってきたわけではなくて、深慮していくことが億劫になっただけなのかもわからない。
第436回:流行り歌に寄せて No.236 「四つのお願い」~昭和45年(1970年)
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