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第417回:流行り歌に寄せて No.217 「黒ネコのタンゴ」~昭和44年(1969年)

更新日2021/04/08


たいへんなペットブーム、犬・猫ブームである。大雑把にここ20年から25年くらい前からの現象だろうか。FacebookやInstagramを2、3回スクロールすれば、必ずと言っていいほど、彼らの姿を見つけることができる。

私は生まれてこのかた一度も、犬、猫双方とも飼ったことがない。どちらとも可愛いし、家族の要請で飼うことになったら、それはそれで良いと思っているが、自分から積極的に飼いたいという思いは全くない。犬や猫に、あまり愛情を感じない質なのだろう。

だからシニカルな物言いをするつもりではないが、ブームというよりも犬・猫依存症と言った方が相応しいようなご家族を拝見することがよくある。今や犬や猫の死を、例えば「あなたのうちの猫は、いつ死んだのですか?」というのは憚られる。「亡くなった」という言い方をしなければならないらしい。しかも、犬は「ワンちゃん」、猫は「ネコちゃん」と呼ぶのが通例のようだ。

徳川綱吉公がこの事実を知れば「余が生まれてくるのはあまりに早すぎた」と嘆き、羨ましがることだろう。

しかし、このコラムを書き続けているから出てくる発想かもしれないが、不思議と犬や猫を歌った曲というのは、あまり聴いたことがない。私が関心がないからというだけではない気がする。思いつくのは、ショパンの『子犬のワルツ』、童謡の『犬のおまわりさん』『ねこふんじゃった』…。あいみょんの作ったDishの『猫』は意味合いが違うし…。驚くほど少ないと思う。

その理由をいろいろ考えてみたが、よくわからない。あまりにも身近な存在だから歌われないのだろうか。そんな中で『黒ネコのタンゴ』は原曲がイタリアの童謡だとは言え、猫のことをダイレクトに歌い、大ヒットした稀な曲である。

当時6歳、小学校1年生だった皆川おさむが、当然声変わりをする前の可愛らしい声を張り上げて歌い、高音が擦れたりするのもご愛嬌で、多くの人の心を掴んでしまった。

オリコンの週間チャート、14週連続1位という記録となり、シングル盤250万枚を売り上げた。単純計算で国民の40人に1人はレコードを買ったという驚異的なヒットである。

見尾田みずほによる、全体的にお洒落な感じの日本語詞。しかし、最後に「アジの干物はおあずけ」とオチが入るのも受けた。

今のように人間が食べても美味しいと感じるキャットフードなど考えられない時代だった。アジの干物は猫にとってはたいへんなご馳走というイメージだったが、今では塩分が多すぎて、あまり与えてはいけないものの一つだと聞いたことがある。



「黒ネコのタンゴ」  マリオ・パガーノ(Mario Pagano) 
           アルマンド・ソリチッロ(Armando Sollicillo) 
           フランチェスコ・サヴェリオ・マレスカ(Francesco Saverio Maresca):作詞 
           マリオ・パガーノ:作曲 
           見尾田みずほ:日本語詞  小森昭宏:編曲  皆川おさむ:歌



ララララララ ララ

キミはかわいい 僕の黒ネコ

赤いリボンが よく似合うよ

だけどときどき 爪を出して

僕の心を なやませる

 

*黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ

僕の恋人は黒いネコ

黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ

ネコの目のように気まぐれよ

ララララララ ララ(ニャーオ)

 

素敵なキミが 街を歩けば

悪いドラネコ 声をかける

おいしいエサに いかれちゃって

あとで泣いても 知らないよ



(*くり返し)



夜の明かりが みんな消えても

キミの瞳は 銀の星よ

キラキラ光る 黒ネコの目

夜はいつも キミのものさ



(*くり返し)



キラキラ光る 黒ネコの目

夜はいつも キミのものさ

 

黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ

僕の恋人は黒いネコ

だけどあんまり イタズラすると

アジの干物は(ニャーオ) おあずけだよ

ララララララ ララ(ニャーオ)

 

原曲は、皆川おさむのヒットから半年前の、1969年3月にイタリアで行なわれた童謡コンテスト「第11回ゼッキーノ・ドーロ」において第3位に入賞した “Volevo un gatto nero”(「黒いネコが欲しかった」、作詞・作曲は上記)という曲であるらしい。

「キリンや象、動物園まるごとプレゼントするから、私は黒ネコが欲しいとお願いしたのに、友だちがくれたのは白ネコだった。嘘をついたんだから、もう遊んであげない。」そして結びでは「もう黒でも白でもどっちでもいいけれど、嘘つきには何にもあげない」と歌う、かなり強気な詞である。ちょっと、友だちでいるのはこちらからお断りしたいタイプとも言える。

歌ったのはヴィンチェンツァ・パストレッリ(Vincenza Postorelli)という4歳の女の子であった。今回You tubeで当時の映像を観ることができたが、さすがにイタリアの少女、たいへん可愛らしいが、実に堂々としていて、歌詞を知ってからの印象かもしれないが、威圧的でさえある。

日本語詞の見尾田みずほは、原曲の詞にとらわれることなく、タンゴのリズムにとてもきれいに、お洒落な詞を乗せている。この人のことをもっと知りたかったが、詳しく掲載されている資料を見つけることはできなかった。

編曲の小森昭宏は、作詞家の香山美子(こうやまよしこ)と組んで、数多くの童謡を作曲したことで知られている。二人の作品は『げんこつやまのたぬきさん』『おべんとうばこのうた』『いとまきのうた』など、たいへんにポピュラーである。彼はまた、脳外科の医師としても活躍した人であった。

さて、皆川つとむが『黒ネコのタンゴ』を歌うようになったきっかけは、彼の叔母が主催するひばり合唱団(皆川おさむも所属)に、この曲のオファーが来たことからとのこと。時は移り変わり、彼はその叔母が亡くなった平成26年(2014年)に、この伝統ある合唱団の代表に就任している。

デビュー当時の彼の人気はたいへんなもので、コント55号の主演する映画に登場して曲を披露したり、テレビドラマにもいくつか出演している。

これはまったくの蛇足だが、彼が出演した日本テレビのドラマ『花は花よめ』の中で、優しい継母役の吉永小百合さんに、お風呂上がりの身体を拭いてもらっているシーンがあった。皆川が7歳の時だが、吉永さんは当時まだ25歳。

そのテレビをを私が観ていた時、当時すでに私が熱心なサユリストであることを知る父が、横から「えらく羨ましそうな顔で観ているじゃないか」とからかいの言葉をかけてきた。私は言下に「そんなことないよ」と否定したが、正直なところ、心から羨ましく思ったものである。

ところで、今回Wikipediaに「皆川おさむは『黒ネコのタンゴ』をレコーディングした当時、「タンゴ」が音楽用語(または音楽ジャンル)とは知らず、ネコの名前だと思っていたという」という記載があった。

私は、今まで半世紀以上にわたり猫の名前だとばかり思っていた。そして、それは音楽ジャンルの名称にお洒落に掛けて、命名されていたのではないかと…。

『子犬のワルツ』や『野良犬のブルース』と同じ意味のタイトルだったようだが、長い間の思い込みゆえ、未だに腑に落ちない。みなさんは、どう思われていたのでしょうか?


 


第418回:流行り歌に寄せて No.218 「昭和ブルース」~昭和44年(1969年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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