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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第439回:流行り歌に寄せて No.239 「手紙」~昭和45年(1970年)7月5日リリース

更新日2022/07/21



5ヵ月余りぶりの更新です。この間、今までお読みくださっていた方々には、ご心配とご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。おかげ様で、何とか再開することができました。

今回、私が感じましたのは、まだ世の中にはかなり厄介なことがいろいろと存在しているのだな、ということでした。ともかく、また少しずつ流行り歌とその向こうに見える景色を、書き続けていきたいと思っています。

この度の再開は、当コラムの責任者である越谷隆さんの、ひとかたならぬご尽力があったからこそできたものです。お心遣いに満ちたその姿勢に、心から感謝申し上げます。


 

私は中学3年生、高校受験にとって最も大切な時期である夏休みの頃、この曲を初めて耳にした。その当時、我が家にはまだトランジスターラジオというものがなく、大きな箱形で、ビクター製の真空管ラジオのボリュームを絞って、勉強の合間に?深夜の放送を聴いていた時だった。

そして、再び彼女が久し振りに、少し大袈裟な表現だが表舞台に戻ってきてくれた気がしたのである。

その前の年、昭和44年(1969年)に大ヒットした『夜明けのスキャット』(当コラム第405回)、そしてその後のスマッシュヒット『天使のスキャット』で、私はその透明感のある歌声を聴いてすっかり魅せられてしまっていた。

その2曲の後、由紀さおりは、今度はスキャットではない曲を2曲を出す。

1曲目は二つのスキャットと同じ、山上路夫、いずみたく、渋谷毅の作詞、作曲、編曲のトリオで『枯れ葉の街』。これは、この頃封切られた、同じタイトルで日本ヘラルド映画配給のミレーユ・ダルク主演の仏伊合作映画のイメージソングとして発売された。

(当時は、洋画のイメージソングとして、日本の作家たちが映画のテーマソングとは別の曲を作り、それが世に出されることが、それなりにあったようだ。権利関係などどうなっていたのだろう)

2曲目は、作詞家を岩谷時子に変えて『好きよ』という曲だった。これは、タイトル通り「好きよ」という言葉をリフレイン、そして全体に実に艶っぽい雰囲気を待つ詞によって綴られた作品だった。

しかし、実力のある作家たちの作品であったにもかかわらず、この2曲がヒットすることはなかった。私は、今回この2曲をYouTubeで聴いてみたが、残念ながら思い出せない。それなりに売れないと、曲はなかなか一般リスナーの耳には入って来ないものである。

『天使のスキャット』が出されてからほぼ1年後に『手紙』がリリースされた。先ほど「久し振りに」と書いたが、今と違って、中学生時代の1年というものは、実に長いものである。

由紀さおり自身も、その間に気持ちの焦りがあったのか、後年のインタビューで「スキャットという風変わりな曲のヒットで、いわば自分はキワモノ的な存在だったので、『手紙』がヒットしてホッとしたのを覚えている」、「これで、私も一発屋でなくなったと思い安心した」と述懐している。


「手紙」  なかにし礼:作詞  川口真:作・編曲  由紀さおり:歌


死んでもあなたと 暮らしていたいと

今日までつとめた この私だけど

二人で育てた 小鳥をにがし

二人で書いた この絵 燃やしましょう

何が悪いのか 今もわからない

だれのせいなのか 今もわからない

涙で綴りかけた お別れの手紙

 

出来るものならば 許されるのなら

もう一度生まれて やり直したい

二人で飾った レースをはずし

二人で開けた 窓に 鍵をかけ

明日の私を 気づかうことより

あなたの未来を 見つめてほしいの

涙で綴り終えた お別れの手紙

涙で綴り終えた お別れの手紙

 

さて、中学3年生の私は、私なりに、このような美しい歌声だから、哀しみの深さが伝わってくるのではないか、というようなことを、おぼろげながら考えていた。大きな声を出したり、淋しげな声で歌ってみたりすることよりも、美しい声で叮嚀に歌い込む方が聴く人の胸を打つ。

そんな生意気なことを考えていながらも、「死んでもあなたと暮らしていたい」「もう一度生まれてやり直したい」という強い思いを持ち、「明日の私を気づかうことより あなたの未来を見つめてほしい」とお互いをいたわり合う、二人がなぜ別れなければならないのか? そのへんのところは、まだまったく分らなかったのである。

今回、改めて聴き直してみても、この曲は、やはりしみじみ名曲であると思った。

なかにし礼の詞の流れ、未練ある今の思いを打ち明け→二人の幸せだった生活で共有したものを、ひとつひとつ手放し→実際の手紙文らしきフレーズを提示→結びの言葉、が絶妙なのである。

そして、川口真の、テンポの良いイントロから始まり、由紀さおりの美しい声が重なってフェイドアウトしていくエンディングまでの、実にきめの細かい曲作り。これが作曲・編曲が同じ人である強みだろうか。曲全体に渡って続く、柔らかいベースラインが、たいへん印象に残っている。


ところで、『手紙』から4ヵ月後の11月5日にリリースされたのが『生きがい』である。少しご紹介したいと思う。

作詞、作・編曲とも違う作家による作品だが、何か『手紙』の後日譚というか、同じ女性のストーリーではないかと思わせる作品である。

私も大好きな曲で、今でも時々思い返しては、聴いてしまう曲である。由紀さおりの美しい声が最も生かされた曲だという気がする。

少女時代の松田聖子も、この曲の美しい歌声に魅せられ、レコード・プレーヤーのリピート機能を使って何度も何度も聴き返し、一緒に歌っていたという、そんなエピソードがある。同好の士を得た思いで、かなりうれしかった。


「生きがい」  山上路夫:作詞  渋谷毅:作・編曲  由紀さおり:歌


今あなたは目ざめ 煙草をくわえてる

早く起きてね バスが来るでしょう

お茶さえ飲まないで とび出してゆくのね

体に毒よ いつもそうなの

アア あなたと別れた今でも

アア 私はあなたと生きてるの

 

〈台詞〉

もう別れてしまった 二人なのに

遠くはなれてしまった 二人なのに

私はあなたとしか 生きられない

それだけが 私のよろこび

それだけが 私の幸せなの

 

今たそがれの街 あなたは歩いてる

どこへ急ぐの 人波の中

もしも私のこと 想い出したならば

すぐに電話で 声を聞かせて

アア あなたと別れた今でも 

アア 私はあなたと生きているの

いつの日も 生きてるの

いつの日も 生きてるの…

 

蛇足になるかもしれないが、由紀さおりという人、昔からおっとりと落ち着いた雰囲気で、幼い頃から童謡歌手であったキャリアも影響してか、私は実年齢よりもかなり年上だと思っていた。

『夜明けのスキャット』を出した時が20歳、今回ご紹介した2曲も21歳の時の作品だったことを改めて知り、少し驚いている。由紀さん、ごめんなさい。

 


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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