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第418回:流行り歌に寄せて No.218 「昭和ブルース」~昭和44年(1969年)

更新日2021/04/22


「昭和」この元号が最後に使われてから、32年余り経つ。以前にも書いたと思うが、昭和から平成に変わったのを知ったのは、福井県の日本原電敦賀原子力発電所の作業に向かうハイエースの中で、ラジオ放送から流れてきたのを聴いた時だった。

東京の東銀座の事務所に戻ってからの最初の仕事は、「〓」の上に「平成」と彫られたゴム印を発注するもの。夥しい数残っている入出金をはじめいくつもの伝票類の日付記入の項の「昭和」に「〓」が重なる形でスタンプしていくためである。

自分にとって(多くの人たちがそうだったであろう)初めての年号の変換で、非常に慌しい思いで、業務に当たっていたのを覚えている。

さて、もうすっかり遠くなった感のある「昭和」が曲のタイトルにつくものを、今回考えてみた。これはそれなりにあるのだが、平成になった後に、『遠き昭和の…』や『昭和の歌など聴きながら…』など、昭和を回顧するという形のものが多く、昭和時代に作られたものはそれほどないようである。

資料によれば、『昭和女ブルース』(青江三奈・昭和45年)、『昭和枯れすすき』(さくらと一郎・49年)、『昭和行進曲』(五木ひろし・50年)『昭和北前船』(鳥羽一郎・62年)、『昭和舟歌』(小林旭・63年)、そして、今回の『昭和ブルース』ぐらいのものである。しかも、正直私は、『昭和ブルース』と『昭和枯れすすき』以外の曲は知らない。

『昭和ブルース』は、昭和44年5月に公開された、俳優座製作の松竹映画『若者はゆく−続若者たち−』の主題歌であり、同年9月にシングルレコードが発売された。

歌っているのは、明治学院大学の軽音楽サークルが母体の男性フォークグループ、ザ・ブルーベル•シンガーズ。一般的にはレコードジャケットは彼らの写真が入るところだが、ジャケットに写っているのは映画の出演者、佐藤オリエ、田中邦衛、山本圭、橋本功、松山省二の面々。ザ・ブルーベル・シンガーズのメンバーがジャケットに登場するのは、次のシングル『初恋ブルース』になってからである。

今回改めて聴いて気づいたのだが、メンバーの中にファルセット(裏声)で歌う人がいて、彼がパートを務める部分がこの曲の独特の、うら悲しく暗い印象を増幅している感じがする。

女性の声のように聴こえる裏声も入っているので、当時レコードを買った人たちの中に、女性1人、男性4人でジャケットに写っている俳優さんたちが歌っていると勘違いした人はいなかったのだろうか。

蛇足になるが、このファルセット、どこかで聴いたことがあると思って今回調べていたところ、昭和46年のTBSのお昼のテレビドラマ『氷点』のテーマ曲『北国の陽子』も、このザ・ブルーベル•シンガーズによって歌われたものだった。

とても懐かしく思うとともに、2曲が同じグループによって歌われたことを50年後に知って、改めてネットというものの力の凄さを実感し、それらの曲に強い関心を持ち続ける人々から教えられたことに、感謝している。

 

「昭和ブルース」  山上路夫:作詞  佐藤勝:作・編曲  ザ・ブルーベル・シンガーズ:歌


うまれた時が 悪いのか

それとも俺が 悪いのか

何もしないで 生きてゆくなら

それはたやすい ことだけど

 

この世に生んだ お母さん

あなたの愛に つつまれて

何も知らずに 生きてゆくなら

それはやさしい ことだけど

 

なんにもせずに 死んでゆく

おれにはそれが つらいのさ

とめてくれるな 可愛い人よ

涙ながれて くるけれど

 

見えない鎖が 重いけど

行かなきゃならない おれなのさ

だれも探しに 行かないものを

おれは求めて ひとりゆく

おれは求めて ひとりゆく

 

ところで『昭和ブルース』と言えば、天知茂の歌唱を先に思い出すという方も多いと思う。オリジナル版が出てから4年後の昭和48年、天知茂演じる会田刑事(名前は健、階級は警部補)の活躍を描き人気番組となったNETのテレビドラマ『非情のライセンス』の主題歌として使われた。

天知茂の渋い低音の歌声が、この曲によくマッチしていたために、ドラマの人気とともにレコードもよく売れた。こちらの方の編曲は伊部晴美。伊部自身によるアコースティックギターの演奏が、文字通り泣かせるのである。彼は『昭和枯れすすき』の方の編曲も手掛けている。

天知版を、最初に聴いた高校3年生の私には、「この世に生んだお母さん あなたの愛につつまれて」という歌詞を天知茂が歌うのは、何か違和感があって馴染めなかった。ハードボイルドの役柄の人には相応しくない気がしたのである。

こんな思いも、年を取っていくごとに変わってゆくものだ。前期高齢者を迎えた今の私にとっては、彼が歌うこの詞が何とも心に沁みるのである。

ところで『非情のライセンス』というタイトルは、TBSのテレビドラマ『キイハンター』で野際陽子が歌う主題曲と同じ名前である。「ウフン ラムール アー ラモール ああ あの日愛した人の 墓に花をたむけるあした」で始まる、昔のテレビっ子には懐かしい曲だ。

『キイハンター』は、ドラマ『非情のライセンス』が放送を開始した昭和48年4月5日(木)の、2日後の4月7日(土)に最終回を迎え終了した。そしてドラマ『非情のライセンス』4月12日、第2回放映回のメインのゲストは野際陽子であった。

「だから、どうした?」と問われると、まったく答えに窮してしまうのだが、この手の話が、私は結構好きなのである。言葉を変えれば、こういう話が好きだから、このようなコラムを書いていると言えるかもしれない。

横道に逸れついでに、「平成」がつく曲のタイトル。そのまま『平成』というのが折坂悠太をはじめ数人のシンガーにより歌われている。他には『平成の乙女』『平成ホモサピエンス』『平成ペイン』『平成生まれ』『男なら−平成節−』などの他、平成~音頭というものもいくつかあり、意外だったがかなりの数に上るようだ。

残念なことに、私はこの中の1曲さえ聴いたことがない。それは、音楽がどんどん「個」のものになっていくことに、関係しているのだろうか。

 


第419回:流行り歌に寄せて No.219 「新宿の女」~昭和44年(1969年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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