第141回:私の蘇格蘭紀行(2)
更新日2009/04/23
■ロンドン「酔処」にて
「酔処」は、1階に7、8人掛けのカウンターにテーブルが5、6台、地階にもテーブルが7、8台ある、割合にゆったりとした構えの"izakaya"であった。オーナーの渡辺昇さん(前回は人名を頭文字で書いたが、ご本人たちにご迷惑をかけることはないという判断から、今回から実名で掲載させていただくことにした)は作務衣姿。立ち働いている女性も、日本の居酒屋でよく見かける和風の仕事着を着用している。
その女性は、髪を肩のところでクルッと上向きにカールした、'50年代後半のような髪型がよく似合う美しい方だった。午後6時開店より少し前に席に着いたのだが、業務時間前にも拘わらず穏やかな笑顔で、「何か飲物お持ちしますか?」と話しかけてくれた。
関西訛りだったのでそれとなく聞いてみると、四国のご出身とのこと。ロンドンは3年目だが、生まれてこのかた東京には一度も行ったことがない、是非一度は行ってみたいと言われる。ちょっと不思議な感じだ。
運ばれてきたサッポロ黒ラベルの小瓶(ロンドンでこのビールが飲めるのは嬉しいのだが、居酒屋で小瓶というのはどんなものか)をいただきながら、渡辺さんと彼の同級生の松永さん(前出のMさん)の話を切り出しに、いろいろとラグビー話しをしていると、渡辺さん宛に電話がかかってきた。
「ちょっと失礼」と席を外し、しばらく電話の応答をして戻ってきた彼は、「ジャパンの監督の平尾が、ウエールズでの21歳未満の試合を観るために今日ロンドンに着いたので、明日この店に顔を出すみたいだ」と私に告げた。もしかしたら、私は平尾誠二監督と同じ飛行機に乗っていたかも分からない。
そのうちに、社会人チーム、リコーの元キャプテンで、現在ロンドン・ジャパニーズ・ラグビー・フットボール・クラブ(通称ロンジャパ)のキャプテンを務めている川本さんという方が顔を出された。渡辺さんは、早速私を彼に紹介してくれ、「俺の同級生の松永のクラブチームで一緒にプレーしている人だ。スコットランドをひと月近く回ってくるらしい。いろいろ面倒見てあげてくれ」と言われた。
ロンドン・ジャパニーズ・ラグビー・フットボール・クラブは、元日本代表で元リコー監督の水谷眞氏、元日本代表・元日本代表監督の故・宿沢広朗氏、そして、この渡辺さん等が中心になり、「ロンドンで日本人ラグビーチームを組んでラグビーをしたい!」と言う情熱から、1976年に創立された。現在20代から50代の銀行、商社などの駐在員、学生、地元のイングランド人など多岐の人々総勢60人ほどで構成され、ラグビー経験者ではないメンバーも少なくない。
川本さんは平尾氏と大変懇意にされており、平尾氏の1級上の37歳、私より6歳年下だが、実に気さくで面倒見の良い方だった。彼は私のために、電話でイングランドのラグビーの聖地「トゥイッケナム・ラグビー場」の館内案内ツアーの明日分の予約をあっという間に取ってくださった。
そして、明日私に平尾氏を紹介することを約された。「日本の中ではなかなかできないけれど、こちらにいれば自然とみんな仲間になれますから」と言いながら。(残念ながら、この日私が帰った後、平尾氏が翌日は来られそうもなくなったからと店に顔を出されたため、邂逅は叶わなかったが)。
「酔処」の鮪(まぐろ)は実に旨かった。この味は日本では名の通った店に行かなければ食べられないのではと思うほどの味だった。ノルウェー沖で獲れるものだそうだが、「あとは鰯(いわし)が旨いね。これは脂がのっていてとんでもなく旨い。日本のものよりいいんじゃないかなあ」と渡辺さんが教えてくださった。
かなり飲んだつもりが、会計では30ユーロと言われる。恐らく、気を遣ってかなり安くしてくださったのだろう。帰りは、この店と契約している運転手さんに6ユーロでホテルまで送ってもらう。
持ってきたスーツケースが良くなかった。かなり年代物のサムソナイトで、とにかく重い。しかも旅慣れない私は、必要以上に多くの荷物を詰め込み過ぎたようだ。途中で感情が切れて、道に置き去ろうかと半ば本気で考えたりもした。
Wansbeck Gordon Hotelにチェックインする。エレベーターなど置かないホテルだ。部屋は"The
Second Floor"と紹介され、やれやれと重いスーツ・ケースをやっとの思いで引きずるようにして2階まで運び上げた。息を切らしながら暗い壁を見ると、そこには"The
First Floor"と表示されている。
酔い心地の中で、中学での英語の時間を思い出す。「米国では1階がfirst floor ですが、英国ではground
floorと言います。2階は米国でsecond floor、英国ではfirst floorとなります。気をつけましょうね」と教えてくださった女教師がいた。
その時は「別にどうでもいいですよ、どうせ行くこともないのだし、気をつける必要もない」と不真面目に聞いていたが、教師の教えも後から効いてくるのだろうか。最後の力をふりしぼって3階まで上がった。
シャワー、トイレは共用の、いわゆる"Single Room"。タンスのドアもいかれているのに45ユーロは少し高いのではないか。お湯の出の悪いシャワーを浴びてから、英国入り最初の就寝。午後11時をまわっていた。
-…つづく
第141回:私の蘇格蘭紀行(3)