第140回:私の蘇格蘭紀行(1)
更新日2009/04/09
■序
10年はひと昔と言うが、私が拙い店を始めるきっかけになったスコットランド行きから今月でちょうど10年を迎えた。その時の帰国以来、一度は旅の様子をまとめたいと考えていながら、ズルズルと何とこれだけの日が経過してしまった。自分の怠け癖は相当なものだと、妙に開き直った気分でいる。
もう10年も前のことで情報も古びているだろうし、色気のない男の一人旅など関心を示す人はいないだろう。しかし、彼の国に惹かれいくつかの街を歩き、ただひたすらパブを飲み歩いたひと月間の様子を、きっちり綴っておきたい、それは今の後にはないだろうという気持ちに駆られた。
旅の間中、エディンバラで購入したレポート用紙に「蘇格蘭紀行」とタイトルをつけ、日記のようなものを付けていた。それをもう一度読み返し、当時の心象を思い出しながら、このコーナーをお借りして書き進めたいと思う。もし少しでもご興味のある方は、お付き合いいただければ、とても幸せなことだ。
蘇格蘭は、スコットランドの漢字表記。因みにアイルランドは愛爾蘭、ウエールズは威爾士となるらしい。しかし、イングランドのこともUK全体も、同じく英吉利(イギリス)、英国と表記するのは、スコットランド贔屓としては合点のいかないところだ。
■まずはイングランド入り
1999年3月30日、午前10時30分発の英国航空(British Airways)ロンドン行きは午前10時30分、定刻通りに成田空港を離陸した。とにかくアジアの国々とハワイ以外には行ったことがなく、初めてのヨーロッパ、しかも初めての海外一人旅と言うことで少し緊張していた。
機内ではビール(サッポロ黒ラベル)2缶と、スコッチ・ウイスキー1杯を飲んだ。あまりウイスキーを好んで飲んでいるわけではないが、「スコットランドに行く限りはスコティッシュ・ウイスキーだろう」と少し肩に力が入り過ぎているのかもわからない。
食事は離陸直後に出た昼食、牛ヒレステーキ(少しは味付けをしたらと思う代物)と、着陸の少し前に出た軽食の2回であった。
この軽食には『ラム肉のラザニア』と『牛の柳川風(ジャパニーズ・スタイル)とご飯』の2種類があった。私は前者が食べたくて、担当の英国人(と思われる)スチュワーデスが来る前から小声で『ラムラザーニア、ラムラザーニア』と発音の練習をしてから彼女に注文したにもかかわらず、すぐに"Oh
Yes. Japanese one"と笑顔で柳川を出されてしまった。かなり先行きが不安になる。
機内映画は3本あって、そのうちの1本のアメリカのラブコメディだけは通しで観る。今まで何百回も作られてきたようなラブコメディだが、旅愁によるものか、なぜか心に沁みるものがあった。
英国への入国カードの職業欄には「PUB MANAGER」と記す。ぼんやりとやってみたいと考えている仕事だが、自分の中ではまったく具体的な方向性も見つかっていない。本当に飲み屋さんなんて自分でできるのかと不安になるが、そのきっかけにするためにも今回の旅行があるのだろう。
十数時間の飛行の後、ロンドンのヒースロー空港に到着する。英国に着くなり最初に購入したものはBritish Telecom(BT)の5分のテレフォンカードだった。
スコットランド行きを決めたとき、私の所属しているラグビークラブのMという先輩から、彼の青山学院大学ラグビー部の同級生で、現在ロンドンで「酔処」(よいしょ)という居酒屋を経営しているWさんに、会いに行って世話をしてもらいなさいと紹介をされていた。
私は、さっそく彼の店に電話をかけた。英語で返答されたらどう話そうかと小さなシミュレーションを試みてから受話器に向かったが、電話の向こうから、「毎度どうも、酔処です」という声があって、少なからず肩すかしを食らった心持ち。
すぐに電話を替わってくださったWさんから、空港にあるB&B(Bed and Breakfast 朝食付きの民宿あるいは簡易ホテル)紹介所で宿を探してから店に来た方がよいと言われる。わけのわからない英語を何とか操り、いろいろ聞き回って、ようやくB&Bの紹介所に行く。
そして、Wさんの店からはそれほど遠くない、Lussel Sq.のWansbeck Gordon Hotelを予約する。45ポンドはやはり高い。スコットランドの平均が20?£30ポンドぐらいと聞いてきており、その相場で予算組みしているので、締めてかからなければ金額的にすぐ底をつくことになる。
空港から地下鉄で約1時間近くをかけて、Wさんの店のある北線のGoodge Street駅に着く。とにかく地下鉄の車中は緊張した。全員がこちらに注目しているような錯覚を覚える。何か怖いことが起きなければと、正直びくついていた。実に多くの人種がいることに気付く。黒人もさることながら、インド系の人が多いことには本当に驚いた。
Goodge Street駅からさほど迷わずにWさんの店「酔処」に着いた。Wさんが笑顔で迎えてくださった。彼はラグビーの現役時代、プロップをやっていただけあって、実にガッチリした体躯、顔つきは安部譲二氏によく似ていた。
-…つづく
第141回:私の蘇格蘭紀行(2)