■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice

 


第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
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第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
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第101回:小田実さんを偲ぶ
第102回:ラグビー・ワールド・カップ、ジャパンは勝てるのか
第103回:ラグビー・ワールド・カップ、優勝の行方
第104回:ラグビー・ジャパン、4年後への挑戦を、今から
第105回:大波乱、ラグビー・ワールド・カップ
第106回:トライこそ、ラグビーの華

■更新予定日:隔週木曜日

第107回:ウイスキーが、お好きでしょ

更新日2007/11/08


小雪が出演するサントリー角瓶のコマーシャルが、好評だ。

「ウイスキーが お好きでしょ もう少ししゃべりましょ ありふれた話でしょ それでいいの 今は」
石川さゆりののびのある声に、小雪の艶のある演技が絡む。
「私は氷 あなたはウイスキー 本当は年下が好きだったのにな・・・飲もっ」
そして最後に「よっ」と後ろにキック。

実は、石川さゆりのこの歌は、17年前の平成2年、サントリー・クレスト12年のコマーシャルでも使われた。この時の出演女優は樋口可南子、夏のお中元ギフトということで、涼やかで艶のある映像になっていた。

今回は、一応ウイスキー屋を営む者として「ウイスキー」が、日本の歌の中に登場するものにどんなものがあるかを、考えていこうと思う。ただ、つらつらと考えてみても「スコッチ」という言葉が出てくるものがまったく思いつかない。それに比べると「バーボン」は、多くの歌に登場してくる。思いつくままに、いくつか挙げてみると、

『もしもきらいでなかったら何か一杯飲んでくれ そうねダブルのバーボンを遠慮しないでいただくわ』
「居酒屋」(阿久悠:作詞 大野克夫:作曲 五木ひろし 木の実ナナ:歌)


デュエット曲の定番で、作った人たちも、歌った人たちも、実力者ばかりの名曲だ。「居酒屋」というタイトルだが、巷のビール、焼酎が主役のそれとは違った風景が「ダブルのバーボン」で思い描ける。

おそらく、阿久悠はバーに近いイメージで、この店を設定しているのだろう。それを、敢えて「居酒屋」というタイトルにしたところに、彼のお洒落な計算がある。あるいは、エミール・ゾラを少し意識したのかもわからない。

『バーボンのボトルを抱いて夜更けの窓に立つ お前がふらふら行くのが見える』
「勝手にしやがれ」(阿久悠:作詞 大野克夫:作曲 沢田研二:歌)

阿久、大野コンビは、バーボンが好きらしい。逃げていった女を窓から見送る男には、やはりスコッチよりは、バーボンの方が圧倒的に似合うのだろう。このトリオによる『時の過ぎゆくままに』の男女にもバーボンの匂いがする。

『革ジャン羽織ってホロホロトロトロ バーボン片手に千鳥足 ニューグランドホテルの灯りが見える』
「横浜ホンキー・トンク・ブルース」(藤竜也:作詞 エディ藩:作曲)

歌っている人たちが凄い。作詞作曲の二人を始め、他には原田芳雄、松田優作という男臭い面々ばかりだ。四半世紀ほど前、本牧のジャズフェスティバルでエディ藩(ご存じの通り、元ゴールデンカップスのリード・ギター)がソロで歌ったのを聴いたことがある。

傍にはフェスティバルの主催者である藤竜也がベロベロに酔っぱらって立っていた。彼らは、いつだってその存在そのものがブルージーだ。ここにもスコッチの入り込めるスペースはなさそうだ。

『そんなとき僕は原宿ペニーレインで ペニーレインで飲んだくれてる ペニーレインでバーボンを ペニーレインでバーボンを 今夜もしたたか飲んでいる』
「ペニーレインでバーボン」(吉田拓郎:作詞、作曲、歌)


私は東京に住む直前に一度、東京に遊びに来たことがある。18歳の初夏のことだ。その時、原宿ペニーレインに立ち寄り「バーボンをください」とウエイターの方に注文した。「何にいたしましょう」と聞き返され、もう一度、「バーボン」と答えたが、「ですから、何にいたしますか」と再度聞き返されたことがある。三たび「バーボン」と答えた私は、バーボンが酒の銘柄名だと思い込んでいたのである。

初めて飲んだバーボンは「田舎者をばかにされた」という屈辱感ばかりが残っていて、味についてはまったく覚えていない。バーボンはアメリカの田舎で作られるものだと後で知り、「なーんだ」という思いになったが、私が未だにバーボンをあまり好まないのも、件のウエイター氏のせいではないかと思っている。田舎者扱いばかりしないで、しっかりと説明してくれればよかったのだ。

話が脇道にそれてしまったが、バーボンを歌った曲はそれなりにあるのに、スコッチはやはり思いつかない。精々、オヤジたちの間で、「スコッチをすこっちください」というギャグが半世紀以上も、繰り返されている程度なのだ。情けない気がする。歌にするには語呂が悪すぎるのだろう。

「ウイスキー」ということであれば、矢沢永吉の「ウイスキー・コーク」や吉田拓郎の「ウイスキー・クラッシュ」がある。前者は、あのコークハイの呼び方を変え、切ない青春を歌った佳曲だと思う。後者は「ウイスキーが、お好きでしょ」と同じくサントリーのCMソングで、企業が飲み方を提案するために歌われた曲だ。

最後に「ウイスキー」が出てくる中で、私が最も好きな曲をご紹介したい。詞もメロディーも飄々としていながら哀しく、ウイスキー飲みの心情を見事に歌い表している。みなみらんぼうの「ウィスキーの小瓶」がその曲だ。

私は、和田誠のイラストによる、みなみらんぼうがウイスキーの小瓶を抱えたコンサートのチラシ・デザインを、今でもしっかり覚えている。実にいい感じだった。三十数年前のことなのに。

『ウィスキーの小瓶を口に運びながら 涙と想い出を肴にして 酔いつぶれてしまいたいなどと思っているこのぼくを あなたが見たら子どものようだと きっとぼくを笑うでしょうね わかっていながら飲む男の気持ちなど あなたは知りもせず』

そうなのだ、そうなのだ、そういうことだよな、と深く頷いてしまうのである。曲を作った当時、みなみらんぼうは29歳ということだが、早くも分かっていたのだなあと思う。

50歳をとうに越えて、ようやくこの曲の意味が分かり始めた私とは、きっと雲泥の差があるのだ。

 

 

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