■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice

 


第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
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第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
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第101回:小田実さんを偲ぶ
第102回:ラグビー・ワールド・カップ、ジャパンは勝てるのか
第103回:ラグビー・ワールド・カップ、優勝の行方
第104回:ラグビー・ジャパン、4年後への挑戦を、今から

■更新予定日:隔週木曜日

第105回:大波乱、ラグビー・ワールド・カップ

更新日2007/10/11


世間の人々にはあまり知られていないが、今ラグビー・ワールド・カップは大変なことになっている。優勝候補の最右翼と目されていたオーストラリアとニュージーランドが、共に準々決勝で早々と姿を消してしまったのである。

準々決勝第1試合、オーストラリア対イングランド。大方の予想は圧倒的にオーストラリアが優位だった。イングランドは前回のW杯で優勝している、いわばディフェンディング・チャンピオンだが、そのW杯以降急激に力を落とし、選手の新旧交代がうまく行なわれていないため、代表を引退した選手を何人も呼び戻す状態だった。

30歳を超す選手が圧倒的に多いことから、前回言われ始めた"DADDY ARMY"即ちオヤジ軍団の、今回はその最たるものと酷評を受けていた。

しかも、前回優勝の文字通りの立役者であるスタンドオフのジョニー・ウイルキンソンを、怪我で予選プール最初の3試合で欠いた。そのため、南アフリカには屈辱的な完封負け、さらに、かなり格下のチームにも惨めなほどの苦戦を強いられていた。

そして、予選最終戦の対トンガ戦でようやくウイルキンソンが戻り、チームにも一本筋が通った形で、何とか決勝トーナメントに勝ち上がってきたのである。

オーストラリアは、イングランドが前回大会決勝で苦汁を飲まされたチームであるにも係わらず、正直少しなめてかかっていたのだと思う。準決勝で当たるはずのニュージーランドの方に、すでに関心が向いていたのかも知れない。

前半から受けにまわったおとなしいラグビーをしてしまい、「こんなはずではなかった」と思い始めた後半では、このチームには珍しく、つまらないミスを多発した。

以前から決して好きな選手ではないが、ウイルキンソンというのは本当に優れた選手である。彼が入ることで、ゴールキックの成功率はさることながら、それよりももっと大切な勝利への方向性がチームに与えられるのだ。彼が入ったイングランドは、まったく別のチームになる。

同日の日中にパリのマルセイユで行なわれた、番狂わせでイングランドがオーストラリアを破ったという試合結果を、ナイトゲームで行なわれる準々決勝第2試合の、ニュージーランドとフランスの選手たちは、ドーバー海峡を隔てたウエールズはカーディフの地で知った。

微妙な影響があったことだろう。結果論だと言われてしまえばそれまでだが、フランスは少し志気が高まり、ニュージーランドは少し嫌な気持ちになった気がする。彼らもオーストラリアが出てくるものと8割方は考えていたのだから。

このゲーム、フランスのディフェンスが素晴らしかった。珍しく記録をたどってみるが、ニュージーランドのタックルが47本中36本成立しているのに対し、何とフランスのタックル数は実に197本、そのうち178本を成立させている(タックルは相手をバインドしたまま、相手の片膝以上を地面につけ、倒すと成立する)。

フランスは、ニュージーランドの4倍以上タックルに行き、5倍以上を成立させていることになる。これだけ厚く熱いディフェンスをされたのでは、自他共に世界一と認めるニュージーランドの攻撃も思うようにいかなくなる。

しかも、あまりにもタフな防御にあったため、ケラハー、カーターのハーフ陣、フッカーのオリバー、大立ち回りフランカーのコリンズといった主力選手の身体が動かなくなり、途中交代を余儀なくされる。ここまでになることは、ニュージーランドにとって全く想定できないことだった。

ノーサイドの笛が鳴ったときの、グラウンド・サイドで戦況を追っていたダニエル・カーターの放心したようなうつろな瞳が、この試合のすべてを象徴していた。ニュージーランドは、またW杯で優勝できなかった。しかも、過去にはないクオーター・ファイナリスト止まり。今度こそと4年間待ち続けていたサポーターたちの願いは、最悪な形で泡沫と化した。

翌日の準々決勝第3試合、南アフリカ対フィジーは、前日イングランドが予想を覆して勝利したマルセイユで行なわれた。

この試合、フィジーはこの上ないファンタスティックなパフォーマンスを披露してくれた。ボールを持っては縦、横、斜めを自由に走り回り、相手とすれ違いざまパスを放つ。それをまるで吸い込むかのように、美しくキャッチし、再び自由に走り回る。

見ていても、プレーしていても楽しいラグビーで、フィジーは私たちを魅了してくれた。それに対し、南アフリカは、見ていても、プレーしていても楽しくないラグビーを押し通し、フィジーの息の根を止めた。

前日の2試合をつぶさに見て、同じ轍を踏むわけにはいかず、観客やプレスに何を言われようとも、なりふり構わず確実に勝てるラグビーをしてきた。それにしても、かなり格下のフィジーがラグビー大国南アフリカを、本気の本気にさせた。自陣ゴール前、膝を落としてフィジーの猛攻に耐える南アの選手たちの姿を、戦前にだれが予想しただろうか。

準々決勝の最後の試合、我がスコットランドは「順当に」アルゼンチンに敗れてしまった。またしても、ベスト8止まりである。とにかくトライがとれなければ始まらないのだ。早いラックの連取からテンポよくボールを運び、鮮やかにトライラインを抜けていく、あの伝統のスタイルをぜひ蘇らせて欲しい。

これで、準決勝はイングランド対フランス、南アフリカ対アルゼンチン。北半球、南半球同士の組み合わせとなった。興味深いのは、何と言ってもアルゼンチンの存在だ。南アフリカ相手に柔よく剛を制すか。

 

 

第106回:トライこそ、ラグビーの華