■このほしのとりこ~あくまでも我流にフィリピンゆかば

片岡 恭子
(かたおか・きょうこ)


1968年、京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大学図書館司書として勤めた後、スペイン留学。人生が大きく狂ってさらに中南米へ。スペイン語通訳、番組コーディネーター、現地アテンド、講演会などもこなす、中南米を得意とする秘境者。下川裕治氏が編集長を務める『格安航空券&ホテルガイド』で「パッカー列伝」連載中。HP「どこやねん?グアテマラ!」




第1回:なぜかフィリピン
第2回:美しい日本がこんにちは
第3回:天国への階段(前編)
第4回:天国への階段(後編)
第5回:韓国人のハワイ
第6回:まだ終わってはいない
第7回:フィリピングルメ
第8回:台風銀座(前編)
第9回:台風銀座(後編)
第10回:他人が行かないところに行こう(前編)
第11回:他人が行かないところに行こう(後編)
第12回:セブ島はどこの国?
第13回:フィリピンの陸の上
第14回:フィリピンの海の中
第15回:パラワンの自由と不自由
第16回:男と女
第17回:道さんのこと
第18回:バタック族に会いに行く
第19回:フィリピンいやげ
第20回:世界一大きな魚に会いに行く
第21回:気長な強盗
第22回:バシランからの手紙

■更新予定日:第1木曜日

第23回:ドーナツ天国

更新日2007/08/30


近頃、日本ではちょっとしたドーナツブームである。日本に初上陸したアメリカの「クリスピー・クリーム・ドーナツ」。その1号店は新宿にあるが、いつ通りかかっても長蛇の列。朝一番の開店直後以外は常時2時間待ちはあたりまえ。クリスピー・クリームよりも2年早く、やはりアメリカはNYから「ドーナツプラント」が上陸している。ドーナッツ黒船を迎え撃つ日本資本は、われらが「ミスタードーナツ」。大人のミスドと銘打って、アンドナンド1号店を渋谷にオープンさせた。

フィリピンには大型チェーンのファーストフードが多い。どこにでもあるのが「Jollibee」と「超群」。ジョリビーとチャオキンと読む。Jollibeeはハンバーガー、超群は中華主体なのだが、経営しているのは両方とも華僑のタン一族なのである。さらに言うと、ピザ屋の「Greenwich」もパン屋の「Delifrance」も同族経営なのである。恐るべし、タン一族。


ジョリビーのマスコット


甘いミートソーススパゲッティ

Jollibeeはフィリピン人の出稼ぎ先にはどこにでもある。ベトナム、ブルネイ、香港、グアム、サイパン、もちろんアメリカ本土にもある。フィリピン人好みの甘い味つけが特徴。スパゲッティのミートソースも、フライドチキンのソースも甘い。バナナケチャップが入っているのだ。

甘党フィリピン人はドーナツが大好き。フィリピン中、どこにでもあるのが「ダンキンドーナツ」。日本には米軍基地にしかない。1998年に撤退してしまったからだ。ダンキンを追いかけるのは、「ミスタードーナツ」。ミンダナオ島のマラウイにまであって、ムスリムのおっちゃんたちがドーナツ片手に談笑していたのには驚いた。それもそのはず、ミスドの海外店舗1,470店のうち、1,200店はフィリピンにあるのだ。

実はダンキンドーナツとミスタードーナツは親戚同士である。ミスド創業者はダンキン創業者の義理の弟で、ダンキンから独立してミスドを立ち上げている。後にダンキンはミスドを吸収合併したので、1990年以降、アメリカにはミスドは存在しない。日本のミスドは、1970年からダスキンが経営しており、オサムグッズなどおまけも可愛く、味も日本人向けの甘さ控え目なので、黒船来航という感じはない。今や日本の味である。

アメリカにあって日本にない「ダンキンドーナツ」。日本にあってアメリカにない「ミスタードーナツ」。そして、ダンキンもミスドもたくさんあるフィリピン。フィリピンのダンキンはファンサイズという小腹が空いたときにちょうどいい小さめのドーナツを出している。ひとつ10ペソと値段も手頃なため、涼みがてらついついダンキンを食べてしまう。

アメリカ経由で南米に行ったとき、わざわざNYで降りたのはダンキンドーナツのためである。NY滞在中は毎朝ダンキン。それでも飽き足らず、帰りにニューアーク空港で1ダース買って帰ったほど。残念ながらたまにしか行かないアメリカよりもしょっちゅう行っているフィリピンのダンキンのほうが、はるかに甘くて油っこい。ミスドもフィリピンで食べるよりも日本で食べるほうがあっさりしていておいしい。郷に入れば郷に従え。その国それぞれのレシピがあるのだろう。

最近、「クリスピー・クリーム・ドーナツ」のフィリピン3号店がマニラのグリーンヒルズショッピングセンターにできた。ちなみに1号店はフォート・ボニファシオ店。先日、2号店のSMメガモール店に行ってきた。もちろん行列なんかできていないが、韓国人のお客が一人でどか買いしていて待たされる。待っている間にドーナツを一つくれた。

1937年以来のレシピで作られているというオリジナル・グレーズド・ドーナツ。一口かじっただけで甘すぎてうんざり。でも、もらっちゃった以上は買わずに帰れない。してやられた。一番甘くなさそうなのを買ったが、それでもやっぱり甘かった。しかも、ダンキンよりもミスドよりもはるかに高い30ペソ也。

東京の人は並ぶのが好きである。そして、その行列はけっこうあてにならない。日本のはフィリピンのとはレシピが違うことを祈りたい。いずれにせよ、並んでまでは食べない。旧ソ連の配給待ちじゃあるまいに。日本人がむやみに舶来物をありがたがる時代はとっくに終わったはずだ。

国民の10人に一人が海外に出稼ぎに出ているフィリピンは、グローバルなドーナツ化現象が進んでいる。世界200ヵ国に約700万人のフィリピン人が住むという。そして、多くのフィリピン人が後にしたフィリピンには、アメリカやら日本から外資が乗り込み、フィリピン企業もフィリピン製もなかなか育たない。ドーナツ一つ買うのも、海外で働く家族からの仕送りだ。出稼ぎ先のどこかの国で、あるいは出稼ぎ帰りがフィリピンで、そろそろ一旗揚げてもよさそうなものだが。それよりも、フィリピン人の出稼ぎ先、日本に「Jollibee1号店」ができるほうが早いかもしれない。

 

 

第24回:マニラ浮世風呂