■このほしのとりこ~あくまでも我流にフィリピンゆかば

片岡 恭子
(かたおか・きょうこ)


1968年、京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大学図書館司書として勤めた後、スペイン留学。人生が大きく狂ってさらに中南米へ。スペイン語通訳、番組コーディネーター、現地アテンド、講演会などもこなす、中南米を得意とする秘境者。下川裕治氏が編集長を務める『格安航空券&ホテルガイド』で「パッカー列伝」連載中。HP「どこやねん?グアテマラ!」




第1回:なぜかフィリピン
第2回:美しい日本がこんにちは

 

■更新予定日:第1木曜日

第3回:天国への階段(前編)

更新日2005/04/07


ルソン島の北部、コルディジェラ山岳地域には世界遺産の棚田がある。コルディジェラとはスペイン語で山脈を意味する。別にマニアなわけではないつもりだけれど、世界遺産と肩書きがつくものにはなんとなく行ってしまうことが多い。しかし、中南米にある世界遺産のほとんどを見た経験上断言できるのだが、ユネスコの太鼓判は必ずしも当たりとはかぎらない。中には限りなくしょぼいのにちゃっかり指定を受けているものもある。

発展途上国では保護するためのお金がどこかから出ていないと容赦なく壊されてしまう。だから首をかしげたくなるようなものまで、やむを得ずかなりオマケして指定されているのではないかと勝手に推測している。結論から先に言えば、コルディジェラの棚田群は期待を決して裏切らない。オマケ指定ではない、正真正銘の世界遺産だ。


バナウエの棚田

今回の棚田めぐりのルートは、バギオからサガダ、そしてバナウェ。サガダからバナウェにかけてはいたるところに棚田があるが、マニラからのアクセスが簡単な(それでもバスで9時間はかかる)バナウェが棚田の観光地としてはもっともよく知られている。

滞在先のスービック最寄のターミナルがあるオロンガポからベンゲット、イフガオ、マウンテン、アブラ、カリンガ・アパヤの5州から成るコルディジェラの中心バギオまではバスで7時間。バターン半島を抜けて北に向かう。途中、太平洋戦争中の1942年4月に行われたバターン死の行進のモニュメントが見えた。

米兵1万2,000人、フィリピン兵6万4,000人の捕虜がマリベレスからサンフェルナンドまでの60キロを歩かされ、さらにオードンネル収容所まで貨車で運ばれた。炎天下での行軍、さらに栄養失調とマラリアにより、米兵1,200人およびフィリピン人1万6,000人が命を落とした。さらにバギオの入り口では亡くなった日本兵を弔う英霊塔が立っているのが見えた。

南米でも日本人の残した足跡に触れることが何度もあった。しかし、それらは日系移民がその国にもたらした功績であり、ひとつ残らず正の遺産だった。フィリピンに来て初めて、日本が他国に残した負の歴史をかいま見た。マニラでタクシーに乗ったとき、運転手から「日本人がバターンでなにをしたか知っているか」と突然訊かれたこともある。「知っていますよ」とはなんとか応えたものの、それ以上はなにも言えなかった。

フィリピン人憧れの避暑地だけあってバギオまでは舗装されたよい道だったが、その先の曲がりくねった山道は延々と舗装されていないガタガタ道。山間にはすでに棚田が見える。悪路だがボリビアのアンデスの山道ほどひどくはない。ボリビアの首都ラ・パスからユンガス地方コロイコまでの道は、年間300人が転落事故で亡くなっている。未舗装でバス1台通るのがやっとの狭い山道。おまけにカーブが多く見通しも悪い。雨が降ると路肩がもろくなり、霧もよく出る。あれよりひどい道は、世界中どこを探してもないだろう。

くねくね道に酔った子供がバスの窓から吐いていた。吐いているものを見て驚いた。見事な紫色をしているではないか。バスから降りると今度は大人が真っ赤な唾を吐き捨てた。ここはいったいなんなのだ。フィリピンの山奥はサイケデリックワンダーランドなのか。その後、謎は解けた。子供が吐いていた紫色のものは紫芋で、大人が吐いていた赤いのはビンロウだった。ビンロウとはヤシ科の樹木の赤い実のこと。ルソン島ではタニシを焼いた灰と一緒に噛む。軽い覚醒作用のある嗜好品だ。

虫以外はなんでも好き嫌いなく食べることにしているので、これまでイグアナやアルマジロ、モルモットなどを食べてきた。サガダでは犬を郷土料理として出すと聞きつけ、探しまわったが空振りに終わった。韓国と同じく、若者はもうあまり食べないらしい。犬を食べると身体が温まるそうだが、冬の韓国ならともかく常夏フィリピンでは暑苦しい。韓国では苦痛を与えるとより旨味が増すと言われ、棒で殴り殺した犬を食べるようだが、そこまでするほど犬というのはうまいものなのだろうか。未知の食材に興味津々である。

サガダにも棚田が見られるが、それよりもサガダは洞窟なのである。川口浩探検隊ファンとしては洞窟ははずせない。「穴があったら入りたい」とはまさにこんな気持ちのことなのか。ルミアン洞窟の入り口には600年前の棺が天井までうず高く積み上げられている。ふたにトカゲの模様が彫られた棺もある。フィリピンではトカゲは子孫繁栄を表す、縁起のよい生き物なのだそうだ。サガダには崖の中腹に棺が吊るされているところが数ヵ所ある。ペルーのウチュイ・クスコという遺跡もやはり崖の中ほどに死者が埋葬されている。装備もなしにいったいどうやってやってのけたのか。不思議な風景である。


ルミアン洞窟

原始的だとか未開だとかと侮るなかれ。この旅ではこの先もまだまだ人力のすごさを目の当たりにすることとなるのだ。

…つづく

 

 

第4回:天国への階段(後編)