■このほしのとりこ~あくまでも我流にフィリピンゆかば

片岡 恭子
(かたおか・きょうこ)


1968年、京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大学図書館司書として勤めた後、スペイン留学。人生が大きく狂ってさらに中南米へ。スペイン語通訳、番組コーディネーター、現地アテンド、講演会などもこなす、中南米を得意とする秘境者。下川裕治氏が編集長を務める『格安航空券&ホテルガイド』で「パッカー列伝」連載中。HP「どこやねん?グアテマラ!」




第1回:なぜかフィリピン
第2回:美しい日本がこんにちは
第3回:天国への階段(前編)
第4回:天国への階段(後編)
第5回:韓国人のハワイ
第6回:まだ終わってはいない
第7回:フィリピングルメ
第8回:台風銀座(前編)
第9回:台風銀座(後編)
第10回:他人が行かないところに行こう(前編)
第11回:他人が行かないところに行こう(後編)
第12回:セブ島はどこの国?

 

■更新予定日:第1木曜日

第13回:フィリピンの陸の上

更新日2006/05/05


マニラ湾に沈む夕日がきれいだと言われているのは、きっとマニラの街に他にきれいなものが何もないからだ。インドの汚さは聖なる汚さだが、マニラのそれは世俗にまみれている。とはいうものの、実はマニラには夕日以外にもう一つきれいなものがある。それは夜景。着陸直前の飛行機から見たマニラの夜景は、オリンピック前に訪れたソウル並みにきれいだった。夜景のきれいな街は、必ず人口密度が高く、人々がひしめきあって暮らしている。つまり、住宅事情がすさまじく悪い。昼はその中に身を置くには息苦しいほどの街にかぎって、夜は高く遠くから見下ろすときらきらしている。そういうものだ。

フィリピンのような島国は海に潜ってなんぼなのである。陸の上に見どころがないとまでは言わないが、海に潜らずしてフィリピンを語るなかれとは言っておきたい。海。そして、人。そこに暮らす明るく心優しい人々がフィリピンという国の宝である。人口の10パーセントにあたる700万人以上が国外で暮らし、うち450万人が出稼ぎ労働者である。彼らからの国内に住む家族への送金がフィリピンを外から支えている。

セブ島から目指すボホール島までは船で2時間。せっかく早起きしたのに快晴にもかかわらずなぜか船は欠航。しかたなく他の桟橋まで移動して乗りなおした船には、日本人とおぼしき人々が5人は乗っていた。おそらく彼らはダイバーだろう。海が分かっていればセブという名のリゾート、マクタン島には長居はしない。ボホール島に着くと彼らは迎えに連れられていってしまった。数日の後には彼らが向かった先に行くつもりなのだが、それまでにこのボホール島の陸の上で見ておきたいものがあるのだ。

この島には世界一小さい猿、ターシャがいる。州都タグビラランの動物園であっさり見られるなんてことはなく、もちろんわざわざ生息地まで行くのである。こぢんまりとしたタグビラランには動物園がない。40分ばかりバスに揺られていくと最寄りの村コレラに着く。しかし、おさるが村の中に住んでいるわけがない。いかにも暇そうにひねもすお客を待っている村の男衆に頼んで、バイクの後ろに乗っけていってもらってやっと会えた。

森の中を歩いていくとガイドが指し示した先、手が届くところにおさるさんがいた。夜行性のせいか、いかにも迷惑そうに目を開けてこっちを見た。果たしてこれが猿なのだろうか。モルモットよりも小さい。警戒して逃げるでもなく鳴き声をあげるでもなく、じっとしたまま黙ってきょとんと見ている。か細い指で木の枝をしっかりと掴んでいるその姿は、変身する前のグレムリンのようだ。


世界一小さい猿「ターシャ」

あまりに可愛いのでガイドに触ってもいいかと訊いてみたら、やっぱり断られた。フラッシュなしで写真を撮って、おさるにさよならした。夜はこうもりを捕まえて食べるようだが、そんなにきびきび動く彼らは想像できない。

来た道をバイクにまたがり戻ると雨が降り出した。バスが停まるところでおばさんがカゴにお菓子を入れて売っていた。ここまで来るとタガログ語さえ通じない。雨宿りがてら甘い餅米のおやつを買って食べる。井戸端会議中のおばさんたちが片言の英語と身振り手振りで話しかけてきた。暇つぶしに格好の観光客。「猿を見に来たのか」とか、訊かれるのは当たり前の他愛もないことばかり。地元の人とこんな退屈しのぎをするのは楽しい。そこに行った目的よりも、彼らとのやりとりのほうがより鮮明に思い出せることがよくある。

その日はもう一つフィリピン最古の教会に行った。1595年に建てられたそうなのだが、教会だらけのスペインと中南米の後にフィリピンに来ているのでそんなに面白くはない。それよりも教会までのジプニーにすごい“バクラ”が乗っていて目を奪われた。バクラとはいわゆる“おかま”のこと。フィリピンにはなぜかやたらとバクラが多く、しかもなんの差別も受けていないので、昼間からあからさまにおかまなのである。

もちろんいろんなバクラがいるわけで、きれいなバクラだけとはかぎらない。美容師はほとんどバクラだし、別に珍しくもなんともないのだが、彼女は目が釘付けになるほどすごい容姿の持ち主であった。トラックの運転手が悪趣味な女装をしているかのよう。誰かがいつかは忠告するべきだ。


雨季の「チョコレートヒル」

翌日はチョコレートヒルへ。丘がぼこぼこしている妙なところで、乾季にはちょうどチョコレートのような茶色になるところからその名がついたらしい。あいにく行ったのが雨季だったため、ただのグリーンヒルズだったが。このボホール島最大の見どころは石灰岩でできているため、崩してコンクリートにする輩が後を絶たないらしい。観光名所として保全するほうが長期的にお金になるのだが、目の前の現金につい目がくらむのである。

本当はたくさん見どころがあるのに彼ら自身がまだ気づいていないのだろう。今のところはこの国の陸の上での一番の見どころは、彼らの人なつっこい笑顔だと思っている。

 

 

第14回:フィリピンの海の中