■このほしのとりこ~あくまでも我流にフィリピンゆかば

片岡 恭子
(かたおか・きょうこ)


1968年、京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大学図書館司書として勤めた後、スペイン留学。人生が大きく狂ってさらに中南米へ。スペイン語通訳、番組コーディネーター、現地アテンド、講演会などもこなす、中南米を得意とする秘境者。下川裕治氏が編集長を務める『格安航空券&ホテルガイド』で「パッカー列伝」連載中。HP「どこやねん?グアテマラ!」




第1回:なぜかフィリピン
第2回:美しい日本がこんにちは
第3回:天国への階段(前編)
第4回:天国への階段(後編)
第5回:韓国人のハワイ
第6回:まだ終わってはいない
第7回:フィリピングルメ
第8回:台風銀座(前編)
第9回:台風銀座(後編)
第10回:他人が行かないところに行こう(前編)
第11回:他人が行かないところに行こう(後編)
第12回:セブ島はどこの国?
第13回:フィリピンの陸の上
第14回:フィリピンの海の中
第15回:パラワンの自由と不自由
第16回:男と女
第17回:道さんのこと
第18回:バタック族に会いに行く
第19回:フィリピンいやげ

■更新予定日:第1木曜日

第20回:世界一大きな魚に会いに行く

更新日2007/05/31


たくさんのジンベイザメが一度に集まる場所が、世界には三ヶ所ある。南米はエクアドルのガラパゴス諸島、オセアニアはオーストラリアのニンガルー、そして東南アジアはフィリピンのルソン島南部ドンソルである。

ドンソルでのジンベイザメのシーズンは2月から5月にかけて。シーズン中に行った青年海外協力隊員は、「海に飛び込んだらジンベイザメに跳ね返された。それほど海面がジンベイザメだらけ」と言っていた。去年の6月初めに行った人からも、「シーズンをはずれていたから、頭数はさすがに少なかったけれど、それでも3頭はいたよ」と聞いていた。

初めてジンベイザメを見たのは大阪の海遊館。水槽の中を何度も旋回していた。世界最大のジンベイザメは12メートルもある。英語ではWHALE SHARK、スペイン語でもTIBURON BALLENAと、どちらもクジラザメという意味だ。その名のとおり、魚というよりも鯨に近い見てくれをしている。こんな大物と海の中で出くわしたら、いくらプランクトンしか食べないおとなしい魚だとわかっていても、やっぱりびびってしまうだろう。

日本名の甚平鮫は、夏によく子供が着ている甚兵衛羽織の甚平さんから来ている。背中の白い斑点が甚平さんの模様に似ているのがその名の由来であるらしい。愛嬌のある、かわいらしい名前だ。フィリピンでは、タガログ語でブタンディンと呼ばれている。


闘鶏

ドンソルに着いたのは6月2日だった。まさか5月31日から6月1日へと日付が変わる瞬間に、すべてのジンベイザメが一斉に姿を消すわけではないだろうが、本当に見られるのかちょっと心配である。

マニラから夜行バスではるばる12時間、アルバイ州の州都レガスピに着いた。さらにジプニーに揺られること1時間半でやっとドンソルに着く。街中にジンベイザメがいるわけもなく、今度はトライシクルに乗り換えてブタンディンセンターへ。センターで船を手配して、やっと沖合いまで出たのが朝10時だった。はるばる来たぜ、ドンソル沖。果たしてブタンディンに会えるのだろうか。

船に乗る前にセンターでジンベイザメと接する際の注意事項を挙げたビデオを見た。ジンベイザメ一頭につき、近寄ってよいのは6人まで。頭部からは3メートル、尾の部分からは4メートル以上離れること。もちろん決して触ってはいけないし、スキューバで潜ることも禁止されている。プランクトンと一緒にぐばーっと飲みこまれて、「あっ、間違えた」とぷっと吐き出してもらいたいと思っていたが、そんなのはとんでもないことなのだった。

センターでもらったパンフレットによると、ここで見られるジンベイザメのほとんどがメスで、個体数のピークは3、4月。やはり6月はシーズンをはずれている。なるべく早い時間に沖に出るのがよいようだ。素晴らしく快晴だが、今日はどうか。

小1時間ほどボートに乗っていただろうか。すぐに飛び込める準備をしておくように言われ、フィンとマスクを慌てて着ける。ガイドの合図で飛び込むといた! すぐ真下にジンベイザメ。しかも10メートル前後はあろうかという大物。大きな口を開けたまま泳いでいる。下には何匹かのコバンザメを従えている。ここまで近くで野生のものを見ると、大迫力だ。

ジンベイザメが閣下で、コバンザメが侍従という感じなのだ。閣下はプランクトンをお食事中のご様子だったが、頭上にいきなり見慣れぬ生き物が現われたところで、まったく慌てることもなく、ゆっくりと青い底に向かって沈んでいった。海遊館のアクリルガラス越しではない、海の中では青みがかって見える。その青みが世界一大きな魚にますます威厳を与えるのだった。

以前はよく防水された写るんです(通称潜るんです)で水中写真を撮ったのだが、あまりのへたくそさ加減に嫌になってやめてしまった。陸上の写真はそれなりに撮れるものだが、水中となるとずいぶん勝手が違う。光量が少ないことをつい忘れて遠くのものを撮ってしまうし、波で揺れているので身体を固定するのが難しいのだ。おまけになんとか静止できても、被写体である魚がじっとしていてくれない。

ジンベイザメをこれだけ間近で見てみると、水中カメラを持ってこなかったことが残念だったが、この大きさはファインダーの枠に納まってはならないもののような気もした。

ジンベイザメが見つかるたびに船で近づいて、海に飛び込んだ。最初のうちはすぐに見つかったが、日が高くなるにつれ、ジンベイザメは姿を見せなくなっていった。パミラカン島のイルカと同じで朝早いほうが遭遇率はぐっと上がるようだ。ブタンディンセンターが開くのも7時半と早い。そうと知っていれば、前日から泊まって朝早くから海に出たのに。結局、4時間がんばって見られたのは4頭だった。いや、あれだけ大きくても魚だから4匹か。

ダイバー憧れのジンベイザメが、ここではシーズン中はほぼ100パーセント見られる。ルソン島南部、ソルソゴンでフィリピンの底力をまたも見せつけられてしまった。


マヨン火山

 

 

第21回:気長な強盗