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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第715回:iPhone 、iPad~携帯文化が家庭の団欒を侵食する

更新日2021/07/08


ロッキー山脈の東側、デンバー、ボルダーのある地域をフロントレンジ、東スロープなどと呼んでいます。そこから広大な草原、平原が始まりカンサス州、ミズーリー州、イリノイ州を経て、もうすぐ東海岸に出てしまうというところでアパラチア山脈がぶつかるまで、山などまるでなく、ただひたすら真っ平、もしくは緩やかにうねった草原、森が続きます。

毎回、カンサスシティーの父親のところに行くのに、この町を出て、ロッキー山脈を越え、後はひたすら東に向かう高速道路を走らせるのですが、今回は少しルートを変え、大きく北周りにしてみました。6日がかりのドライブになりました。

そのドライブで、緊急用のガラ系携帯電話のスイッチを入れっ放しにしておいたところ、私たちが住んでいる高原台地まで届かない携帯電話の電波がどこでも、ちゃんと届いているのに驚かされました。受信状態を示す棒が3本から4本、最強の5本と、ほとんど途切れることがありませんでした。見渡す限りの大草原に牛がノンビリ草を食んでいるだけのところで、まさか牛が携帯電話を使うわけはないし、いったい何のため、誰のためと言いたくなるほど携帯電話の電波が覆っているのです。

アメリカの大手の携帯電話会社、ATT、Sprint、Horizon、T Mobile、どこの会社も全米99%以上をカバーしていると謳っているのですが、どうにも、どの会社も、私たちがロッキーの西高原に住んでいることを忘れているらしいのです。 

ダンナさんが読んでいた『空白の5マイル』(角幡唯介著)に、チベットのラサから東に500キロ近く入ったインド国境のツァンボー大峡谷の電気のない村にさえ携帯電話が行き渡っており、すでに家族のメンバー全員が携帯電話を持っていることは常識になってきている(2009年のことです)とあるそうです。それが、猟師たちが種子島伝来の銃口から火薬や自家製の鉛の玉を棒で押し込む火縄銃のような鉄砲を自慢気に持ち歩いている、本当に文明の御利益から取り残されている山村のことなのです。一体、携帯電話使用料などいくらくらいで、どのように払っているのかしら…。

スキー仲間に、我家ではテレビもFM放送も受信できず、携帯電話も使えない、電波が届かないと言ったところ、「お前たちは月の裏面にでも住んでいるのか?」と言われてしまいました。

私が一応という形で持っているのは、蓋をパコンと開いてボタンの数字を押すタイプで、まさに石器時代の携帯電話です。電話以外の機能は目覚まし時計くらいしか付いていません。ダンナさんはもちろん、当然そんなものは持っていません。そして、「どうせ、そこまで古臭いんだったら、あのレンガくらいの大きさ、重さがあった、電話する度にアンテナを手で引っ張り出すタイプにした方がいいんじゃないか?」と言っています。今思うと、あのアンテナは一体何だったのでしょうね…。

今回のドライブで、高校時代と大学時代の同級生のところに立ち寄り、泊めて貰いました。もちろん、彼ら、彼女らはiPhoneを愛用していて、食卓でもナイフ、フォークの横にiPhoneを置き、会話の途中で、ただ会話の内容を確認したり、豊富にするために、マー、呆れるくらいiPhoneを使うのです。

実家でも、89歳になった父、彼の弟、85歳のロン叔父さん、妹とそのダンナさん、息子、そして従兄弟と彼の息子などなど、ウチのダンナさん以外100%、iPhoneもしくはタブレット、もしくは両方を持っていました。確かにあれは便利そうな道具ではあります。道路、路線を目的地まで一番空いている道筋を即座に教えてくれるし、途中で道路工事や渋滞があれば、ほかのルートを示してくれるし、レストランの予約、メニューの内容、お客さんの評価、お勧めなどなど素早く分かるんですね。なんだか、そんなこと当たり前じゃない、誰でも知っているよと言われそうですが…。

ウチの父や老人ホームの人たちは、Bluetooth(ブルートゥース;近距離無線通信の規格)なるものを愛用していました。皆さん耳が遠いので補聴器を使っているのですが、ハイテックの補聴器を通してそのまま電話で会話できるし、テレビの音声もじかに補聴器を通って聞こえる上、携帯電話もただ番号を口で言うだけでつながり、検索というのかしら、インターネットでの探しモノも、口で言うだけで返答が返ってくるのです。これも当たり前、ジョーシキ、今頃、何を言ってるの?と言われそうですね。

父の90歳の恋人や老人ホームの隣人たち、まったく抵抗なくiPhone、ハイテック時代に溶け込んでいるのです。ウチのダンナさん、冗談で自称“仙人”と呼んでいますが、これでは冗談でなく、本物の仙人になりかねません。彼は、「ナーニ、ハイテックに取り残されたところで死ぬわけじゃないし、どうってことないさ…」と言っていますが…。

父の誕生日パーティーの食事の間、8人での会食でしたが、約3時間、一体何回くらい携帯電話、iPhone、iPadを使うか…こんなことを数えるのはウチのダンナさんだけですが、大雑把に60回だったそうです。iPhone、iPadを使う人は全くその場の空気が読めず、一時的にですが、それのみに集中してしまい、テーブルでどんな会話が進行しているか耳に入らなくなってしまうことを発見しました。これはユユシキ事態です。相手の目をシカと見つめて対話するという基本が崩れてきたのです。

以前から、アメリカの家族が崩壊しかかっていると警鐘を鳴らす人がたくさんいましたが、私も家族、友達と集っていても、何を話したのか記憶になく、家族や友達と良い時間を持ったという感じがしません。iPhone、iPadに家族の集まりが支配されてしまったのです。

ダンナさん、「オイ、そんだば、俺たちは山歩きでもして、小鳥や兎や鹿、狐、コヨーテとの対話を楽しんでくるとするべ~か」とか言っています。

-…つづく

 

第716回:コロラド山裾キャンプ場事情

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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