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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第739回:我が懐かしのプエルト・リコ

更新日2022/01/13


私たちがホームレスの水上生活者だったことは、以前書いたように記憶しています。
ヨットでカリブ海をセーリングし、ベネズエラまで南下したり、また北上して米領ヴァージン諸島まで行ったり、その中間にある島々を隈なく訪れたり、計画性のないセーリングを続けていました。

いくら貧乏ヨット乗り…といっても毎月何かしらのお金は必要です。二人で、手持ちが3,000ドルを割ったら、金策を始めようと話し合っていました。その、ナケナシのお金が3,000ドルに相当食い込んできた時に流れ着いたのがプエルト・リコでした。

プエルト・リコに着くまで、どんな島なのか、全く知りませんでした。唯一の知識?は、映画『ウエストサイド・ストーリー』でニューヨークに住むプエルト・リコの若者ギャング グループが登場するのを観て、プエルト・リコ人が大量にニューヨークに住んでいるんだな~と知っていただけでした。そこに十余年も住むことになったのです。

プエルト・リコはアメリカ合衆国の州ではありません。それどころか、準州でさえないのです。今時、植民地という呼び方はしませんが、手の良いアメリカ領土です。植民地とは逆に、アメリカ合衆国政府にとってはそれを持っているというだけで莫大な支出をしなければならない、維持費のかかる領土なのです。その代わり、キューバを視野に収めてのことでしょう、広大な軍事施設、基地があります。プエルト・リコに住んでいる人は、合衆国へ国税を払う義務がなく、従って大統領選挙に投票する権利がありません。オブザーバーとして、米国議会を傍聴できるだけです。という、何とも中途半端な状態の国なのです。

プエルト・リコを初めて見たのは、米領ヴァージン諸島のセント・トーマスから貿易風に乗って徐々に近づいて行った時です。湿度が高く、従って視界の悪い大気を通して急峻な山陰が見えてきたのです。それは幻想的と呼びたくなるような景色でした。海にそのままズリ落ちるようにそびえる濃い緑の山々、本当に美しい島でした。ここならきっと理想的な小さな家、海を見渡せる山の中腹、ちょっとした崖の上にそんな棲家を見付けることができるかもしれないと希望を抱いたのでした。

ところが、いざ島に着いて、サーテどこに住もうかと島の隅々まで家探しをしたのですが、当然といえば当然のことですが、そんな見晴らしいの良い、海を見渡せる丘の上は大金持ちの邸宅や、高い塀で囲まれた超高級団地が占めていて、中に入ることはもちろん、近づくことすらできないのです。どこでにもお金持ち人種がいるものです。逆に、とんでない貧乏人がその何百倍もいて、スラムを作っているのですが…。

結局、私たちはホームレス的に狭いヨットで暮らすことになりました。
そして、プエルト・リコ人です。一体、こんなに親切で、しかも外から入ってきた人間にオープンに、まるで両手を広げるように受け入れてくれる人種がいるものでしょうか。私たちが職を探していると知ると、まるで自分の子供の就職先を探すように、ツテやエンを総動員して当たってくれるのです。私が私立の大学に教職を得たあとでも、公立大学の方が良いからと何度も紹介されました。少しお節介し過ぎと感じるほど、親身になって世話をしてくれるのです。


私たちのヨットがハリケーンで大破し、海岸に打ち上げられ、いよいよ本当のホームレスになりかかった時も、プエルト・リコの人たちの手助けがなければ、ヨットをもう一度浮かべ、ヨットの生活を続けることはできなかったでしょう。

プエルト・リコはハリケーンの通過海域にあり、毎年のように直撃されるか、もしくはカスメられます。2019年のハリケーン・マリアでは4,645人の死亡者を出しました。その時、すぐにプエルト・リコの友人たちに電話を入れましたが、もちろん電話回線も携帯電話も繋がりませんでした。しばらくして、逆に向こうから電話があり、やっと携帯が繋がるようになった、きっと私たちが心配していることだろうから…と、私たちを安心させるために事情を説明してくれたのです。2ヵ月経ってもまだ電気はない、水道も時々茶色の水がチョロチョロ出るだけだけど、彼らは皆、元気にやっていると言うのです。

お人好し集団みたいなプエルト・リコ人は騙されやすい、人を信用し過ぎるから悪い意図を持った人に牛耳られるのではないかと、人ごとながら心配していました。そして案の定、ハリケーンの後、普通の?住民は助け合い、なんとか生活しているのに、プエルト・リコ政府の上層部は、アメリカからの援助金を懐に入れるのに忙しく、また利権を売り、上前をハネルことばかりに気を取られ、発電所の再建のメドさえついていなかったのです。アメリカ本土から発電所再開のための援助金のうち、15.5ミリヨンドル(約17億円くらい…)が誰かのポケットに入ってしまったのです。

電気のない生活を強いられていたお人好しのプエルト・リコ人もさすがに憤り、首都のサン・ フォアンで50万人も集めて、デモ行進が行われました。その様子をテレビで観ましたが、国民性というのでしょうか、サルサかメレンゲのリズムに乗り、まるでカーニバルのパレードのように明るいのです。お巡りさんもきっと彼らの自宅に電気が来ない不平を持っているのでしょう、デモ隊に同情的でした。これは政治的思想より、米騒動的な生活に迫られたデモのようでした。

元々プエルト・リコはとても豊かな島でした。熱帯と温帯の中間に位置し、雨量も多く、年中作物が実る理想郷のようなところでした。早く言えば、何もしなくても天から食べ物が降ってくるようなところなのです。小さな土地にパンの木一本、マンゴーの木2、3本、パパイヤ、グレープフルーツの木、それに雑草のように次から次へと生えてくるバナナがあれば食べるのに困らないところなのです。

そんな土地に生きている人々ですから、楽観的になるのは当然です。年中暖かだから、着るものは極端に少なくて済みます。どうせハリケーンが来れば吹き飛んでしまうのだから、次のハリケーンまでの掘っ建て小屋で十分だとなります。そうなれば、リラックスし過ぎて、怠け者になるのは自然の理というものでしょう。というか、将来のことにクヨクヨせず、人生の一瞬一瞬を楽しむ天才になるのは当然でしょう。

神様は、この恵まれ過ぎた島に時々刺激を与えるため、ハリケーンを送っているという人がいるくらいです。

ハリケーンのニュースが入る度に、あの物凄い暴風に身を晒さなくて済むことに感謝しながらも、プエルト・リコの人たちの安全、幸せを祈らずにはいられません。と同時に、プエルト・ リコで過ごした十余年がまるで夢のように思えるのです。 

-…つづく 

 

 

第740回:移民、避難民、不法移住者

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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