第326回:数字と記憶力の話
人間にはイロイロな記憶の装置があるようで、車を運転して一度通った道は絶対に忘れない人もいますし、名前は覚えらえないけど一度会った人の顔を決して忘れない人もいます。
私の従弟にオーティシズムで少し社会性に欠ける40代中ごろの男性がいます。ところが、彼の記憶力はコンピューター並なのです。もっとも、1960-70年代のフォーク、ロック音楽限ってのことですが。
例えば、1977年4月のヒットチャートで一番の曲、バンドの名前、メンバー構成はナンだと質問してみると、たちどころに正確で詳細な答えが返ってきますし、付け加えて、レーコード会社、レコーディング・エンジニア、その年のレコードの売り上げトップ10までスラスラと語ってくれます。
ウチのダンナさんは全く逆で、電話番号、住所など全く覚えず、一体どんな脳みそが頭に詰まっているのか疑いたくなります。自分の家の電話番号ですら、3回に1回は間違って回しています。この山の家の住所も、一応4桁の番号が付いているのですが、覚えきらないようなのです。
そして、ある人が彼に、ここに何年住んでますか? と訊ねたりすると、「8年くらいかな」と答え、「昔スペインのイビサ島に何年住んでいましたか?」という質問にも、「8年」と、何でもかんでも、"8" "18" "80" "88"と答えるのです。
「どうしてそんなデタラメな返事をするの?」と訊くと、「オメー、第一、相手もただ週刊誌的興味で訊いているだけで、正確な数字を期待しているわけじゃーないからな、それに、6年だろうが10年だろうが大勢に影響ないだろが…」と、これまた大雑把でイイカゲンな答えしか返ってこないのです。
私の方は、数字を覚えるのは得意で、子供の頃の友達や、何十年前の従妹電話番号、誕生日などはお手のもので、今でも一度かけた電話番号は100%とは言いませんが、記憶できます。
どういうわけか、私、数字にだけは強いのです。この山の家からAT&T(アメリカの電話会社で国際電話の大元?)を通して、カード決済にしてもらうには、まずAT&Tのフリーダイアル11桁の番号を回し、それから自分の暗証番号12桁、そして海外、日本の国番号、市の局番、目的の電話番号の15桁で、総計38桁の番号を回さなければなりません(いくら山の家でも、プッシュボタンです…)。この程度の数字なら、オチャノコサイサイで覚えることができます。
ところが最近、私の記憶力を持ってしても、とても覚えきることができない番号が氾濫してきたのです。
まず、大学のインターネットにアクセスするための暗証番号、私、個人のメールのアクセス番号、私が所属ている三つのコミッティー(委員会)のサイトアクセス番号、銀行の暗証番号が三つ、2枚のクレジットカードの暗証番号、社会保障番号、運転免許の番号、私書箱の番号、年金積立の番号と健康保険番号まで加わり、しかも、コンピューターのアクセス番号やメールの暗証番号は安全のため3ヵ月おきに変えることを勧められていますのです。どこの誰がこんなに大量の暗証番号やアクセス番号を覚えられるものですか…。
"8"のダンナさん、どうしているかと見たら、すべての暗証番号、アクセス番号を一番危険といわれている生年月日と3131の組み合わせ、もしくは3131……ばかりなのです。「3と1はナンなの? 8にはしないの?」と冗談で訊ねたところ、何でも彼が若かりし頃に活躍した野球の選手、長嶋選手、王選手の背番号を繰り返している…のだそうです。もっとも、彼には後生大事に守らなければならない秘密などなさそうですが…。
隣の叔父さんの父親が亡くなり、超ヘビー級のガンケース兼金庫を形見として隣人の家に運び込んできました。クレーンで吊らない限り、チョットやソットで動かすことができそうもない大型金庫で、田舎の銀行の物より厳重そうで、何度だかの高温にも耐えうる構造だそうです。
ところが、金庫のダイヤルの上に下手な数字で番号がヤスリか何かで引掻いたように刻んであるのです。なんでも亡くなったお爺さん、何度開け閉めしてもダイヤルの数字が覚えられず、しまいに腹を立てて、金庫を開けるダイヤルの番号を金庫に掘ってしまった…と言うのです。
ウチのダンナさんも、このお爺さんとかなり近いところにいるようです。
もともと、暗証番号やアクセス番号などは本人確認のため、個人情報を守るためとは言っていますが、要は、向こうの都合を私たちに押し付けているだけのような気がします。番号さえ知っていれば、それが本人であるかどうかは問題にされないのですから、人間そのものより番号を信用する社会になってしまったのでしょうか。
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