第313回:ご遍路さん、現れる!
大学の私の事務所に突然、大きな日傘をかぶり、杖を持ったご遍路さんが現れました。
私の事務所はいつもイロイロ変った人が出入りし、半ば時間つぶしに寄る人とか、人生相談に来る生徒(生徒さんだけでなく、先生や職員まで来るのです!)で賑わい、“チョット、貴方たち、私のシゴトの時間、そんなことで潰しに来ないでよ…”と言いたくなることがあるほどです。
でも、お遍路さんの入場は初めてです。彼は、82歳になるアメリカ人ですが、四国の八十八箇所巡りを39箇所まで終え、何とか死ぬまで全部回りたい、そこで逢った人々の優しさ、素晴らしさをもう一度体験したいと…アニメファンとは違う日本ファンでした。
ところが、最近、彼にアルツハイマーの症状が現れ、物忘れが酷くなり、念願の日本へ行って八十八箇所の残りを回ることを息子さん、娘さんに禁止されてしまった。 そこで、この大きな傘と杖、それに英訳された、八十八箇所のガイド本、日本語のテキストなどなどを寄贈したいという申し出でした。
私としては、ありがたく頂戴して、本棚の前に飾ったところ、すぐに生徒さんが八十八箇所の英文ガイド、解説を借りたいと言ってきましたので、このお爺さんの意思を受け継ぐかもしれません。
先日は大きな刀を持ったお爺さんが現れました。さすがにサムライ姿ではありませんでしたが、ギラリと光る日本刀を抜いたとき、一瞬、このお爺さん、気違いでありませんように…と祈りました。
彼は太平洋戦争で、心無くも日本人の心である…と言われる刀を奪い、持ち帰ったが、持ち主に返したい、ついては、この刀の銘を呼んでもらいたいと言うのです。
昔の漢字で打ち込まれた銘など、私の能力に余りますので、薄い紙を当て、鉛筆で擦り、文字を浮かび上がらせて、家に持って帰り、ウチの仙人に見せたところ、彼まで「ウーム、ちょっと待て」と言い、大きな辞書やインターネットでごそごそ調べ初めました。
その刀が高価なものであるかどうかは分かりませんが、備前とあるから、刀の名産地のものであることは間違いなさそうでした。銘を楷書で書き、彼が刀を手に入れた場所と経過を説明し、日本の数ある軍人会に問い合わせる手紙を日本語で書いて、彼に渡しました。
日本語の古い手紙や寄せ書きが持ち込まれることは珍しくありません。刀の鍔、掛け軸、戦前の日本のコイン、紙幣など、恐らくお爺さんの代から、屋根裏の物置に仕舞い忘れていたような記念品、ガラクタがほとんどです。
私も教職を辞めて、日本の骨董品鑑定士にでもなろうかしらと思わせるほど、頻繁にいろんなものが持ち込まれるのです。その都度、家に持って帰りウチの仙人を煩わせています。
最近、何回か、自分の名前を漢字で、墨で書いてくれと大きな画用紙を渡されことがあります。ウチの仙人、珍しくテレて「俺、悪筆だからな~、下手だからな~」とか言いながら、マー、他の日本人がこれを見ることもないだろう…と腹をくくったのでしょうか、黒い絵の具に、絵の筆で、デカデカと漢字に直したアメリカ人の名前を書きました。
ところが、これがまた好評となり、僕にも私にもと注文が殺到(殺到はいくらなんでも大げさすぎますが、何件もあり)、「おい、これショーバイになるんじゃないか?」と凡そ仙人らしからぬことを言っていました。
私の研究室のドアには、あの相撲文字の番付表が張ってありますし、部屋の正面には千代の富士の博多人形が飾ってあります。今度、ドアに『日本の骨董品、ヨロズ鑑定』、『貴方の名前を日本語で』とか張り出そうかしら。
第314回:ゲイ(芸)は人を助ける?
|