第309回:日本人はエコノミー(絵好み)アニマル?!
のっけから下手なシャレですみません。2年ほど前、東京でコンサートと美術館めぐりだけで10日間過ごしたことがあります。音楽会の数とバラエティーの豊富さに、どこに何日行くべきか、何を捨てるべきかの選択がとても大変でした。アレだけたくさんのコンサートがジャズからクラシック、ポップスまで同時に開かれている街は、世界広しといえども、ニューヨーク、ロンドン以外にないでしょうね。
このところ、歳のせいなのかしら、学会でイロイロな街に出かけるたびに、以前あまり行かなかった美術館や有名な建築を見て歩くようになりました。アメリカの博物館、美術館は、ドルが強かった時にお金にあかせて買い集めた作品が結構あります。そして、何より良いのは、小中学生の大群に遭遇しない限り、いつもガラガラでゆっくりできることです。
この夏に、ウチの仙人の母親参りがてら日本に行く予定ですので、ちょっとインターネットで、東京、大阪でどんな展覧会が開かれているのかチェックしたところ、イヤハヤ驚きました。常設の美術館、博物館、個人のコレクションは別にしても、特別展が常時50~60くらい並行して開催されているのです。
エル・グレコ展には30万人からの入場者があった…といいますから、私の住んでいる町の人口の3倍の人が、エル・グレコの、例の細長い聖人たちの絵画を観に詰め掛けたことになります。ルノワールの至宝、プーシキン美術展とか、リヒテンシュタイン侯族の秘宝とタイトルの方も、"至宝"とか"秘宝"とか、ゲージュツファンの食欲をそそるようなキャッチフレーズで売っていますし、"貴婦人と一角獣展"となると、一角獣というのは男性セックスのシンボルですから、なにやら怪しげな雰囲気でお客さんを呼び寄せようという魂胆かしら…。
そしてラファエロ、ルーベンス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ピカソの版画と陶芸展、日本画でもボストンの博物館から"日本の美術"と題して、逆輸入とでも言うのでしょうか、ボストンが所有する日本美術展が開かれていますし、漆器や陶芸の展示会は数知れず、果ては幽霊、妖怪の絵の大集成展とか、それはそれは大変なバラエティーなのです。
世界の珍しい芸術にも目が向けられ、インドの細密画、マダカスカルの霧と森の暮らし展、西部劇のポスター展、バラばかり描いていたルドーテ展など、それは賑やかなのです。
世界中で一体これだけ、芸術、絵の好きな人種はチョット思い尽きません。そこで、"絵好みアニマル"と、駄洒落を飛ばしてみたくなったのですが……。
日本の美術展、特別展の問題は、参観者が多すぎて、一枚の絵の前でゆっくり過ごすことなど、到底できないことです。下手をすると、一日で上野で開催中の展覧会全部を観てしまおうという、たくましいオバサンに会ったりします。こんな現象は日本に限ったことではありません。
ルーブルのモナリサの前はいつも黒山(年寄りのヨーロッパ人、アメリカ人も多いので、白髪山、禿頭山でしょうか)の人が群がっていますし、システィナ礼拝堂は身動きができないくらいの人でいっぱいです。ですが、広大なルーブルやニューヨークのメトロポリタンは、一歩、ツーリスト用のメインコースから離れると、驚くほど静かな空間が広がります。そんな空間が、日本の美術館にはチョット足りないような気がします。
ニワカ知識で調べたところ、世界で一番入場者が多いのは、何と言ってもルーブル美術館で、2012年に970万人が訪れています。次がニューヨークのメトロポリタンで、610万人、大英博物館が550万人です。
ですが、そのような美術館の入場者の大半は、それまで全く絵画に興味を持ったことがない観光客が、ただ観光コースに入っているから、超有名な絵画、彫刻だから、土産話として観ておこうという人たちなのでしょう。
ところが、日本の展覧会を訪れる人は少し違うように思えます。恐らく、その人たちの多くは自分で絵筆を取っているでしょうし、すでに世界や日本の絵画にかなりの造詣が深い人たちでしょう。それに、外国人観光客がいたとしても極僅かだと思います。 日本では、観賞する人たちのレベルも高いように思うのです。
やはり、日本人は"絵好みアニマル"なのではないでしょうか…。
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