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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第311回:テロの文化とアメリカ

更新日2013/05/16



ボストンでまた悲惨な無差別爆弾テロ事件が起こってしまいました。それにしても、よく5日間で犯人を特定し、写真を公開し、街のほとんど全体を閉鎖して、犯人を1人殺害、1人逮捕までこぎつけたものです。

監視カメラに写っていた怪しげな人は何千人といたそうですから、FBIや警察のスペシャリストが大勢額を寄せ合って、監視カメラの映像を分析して、この二人に違いない、大事な容疑者である…と短時間に絞り込めたことに驚かされました。

それ以上にショックだったのは、写真公開後、1分間に30万件の電話やメールが警察ホットラインにあったことです。総計では何百万もの情報提供者が現れたそうです。その電話の通報をフルイにかけ、裏づけに乗り出し、二人のテロリストを追い詰め、逮捕に踏み切ったのは写真公開後24時間ほどです。

アメリカの4大チャネルを全部見たわけではありません。打ち明けて言えば、山奥の我が家で受信できる唯一のチャンネルであるABCテレビを見たのですが、19歳の弟がボートのカバーの下に隠れているのを、いかに逮捕したかを実況中継していました。

弟がストレチャーで運び出されたとき、遠巻きにしていた近所の人たちから、一斉に拍手が沸きあがりました。これだけ長い捕り物劇で、お巡りさんたちも疲労困憊していたでしょうけど、その間、自分の家からどこにも出られず、外出禁止の戒厳令のような状況に耐えていた住民が、お巡りさんたちに拍手を送り、肩を叩き合い、ハグし合ったのです。これはチョット感動的な場面でした。

ボストンマラソンの日から、金曜日までの5日間閉鎖されたボストンのビジネスが被った被害は何十億ドルに相当する…と言っていますが、誰も、どんな会社も、小売店も、自分が受けた被害を大きく騒ぎ立てていません。住民と警察とビジネスとが、テロリスト逮捕に向けて、珍しく一致団結した例かもしれません。

その後、大寺院、神殿にボストン市民が4万人近く集まりました。アメリカの神殿と言うのは野球場です(あいにくフットボールのオフシーズンでしたので…)。延期になっていたボストン・レッドソックスの試合が再開になったのです。そこではもちろん、亡くなった方々への黙祷もありますが、観衆皆が皆、"美しきアメリカ"を歌い、ボストンの(大昔の!)アイドル、ニィール・ダイヤモンド叔父さん、お爺さんかな? がレッドソックスの野球帽をかぶって登場し、"スイート・キャロライン"を大観衆と一緒に歌い、なんともアメリカ的な盛り上がりを見せたのでした。

今回の事件の背景はこれから徐々に究明されていくことでしょうが、被害規模や国家間の緊張など、世界貿易センタービル爆破事件とは比較にならないくらい、小さな事件といってよいでしょう。でも、外から攻撃された時に、アメリカが突如見せる団結と攻撃的性格を覗かせてくれました。

世界中でテロが起こるたびに、いつも不思議に思うのですが、アメリカがベトナム戦争で泥沼に陥っていた長い年月の間、べトコンや北ベトナムの人々がアメリカ本土に対してテロを仕掛けた事実がないことです。あれだけ悲惨な戦争で自分の国を蹂躙されていたのですから、ハイジャックの1回や2回くらいあって当然……な酷い状況でした。でも、そんなテロやハイジャックは起きませんでした。

そして、日本です。アメリカが日本を占領したとき、神風の精神で特攻自殺爆弾が頻発するであろうと、GHQはとても恐れていたようですが、爆弾を抱えて米軍キャンプに飛び込むような事件や、アメリカ本土で散々な目にあった日系人がアメリカ国内でテロ活動をした事実もなく、日本は実に鮮やかな負けっぷりを見せたといっていいでしょう。

これは、イスラム原理主義者たちの考えと、仏教、儒教の教えるところの違いなのか、単なる人種的な違いなのか分かりません。今回のテロリスト兄弟の母親は、テレビに出演し、自分の息子はそんなことはしていない、アメリカの陰謀だと、ロシアからいきまいていました。これが、日本なら母親、親族は申し訳ないことをしたと涙して、殺された人々に謝罪するところでしょうね。

負けっぷりの良さは、お相撲の精神に通じるものがあると……私の好きなお相撲に何でも結び付けるのが、私の脳のサーキットの特徴ですが……あれほど優雅に負けを認めるスポーツ、儀式は他に存在しないでしょう。勝って驕らず、謙虚に負けを認める 素晴らしい精神だと思います。

ところが、先日ウチの仙人が借りてきた大戦中のドキュメンタリー映画のDVDで、南京での大虐殺のシーンを見せられましたが……これが同じ日本人なのかと混乱してしまいました。戦争の極限状態が、あのように残虐な行為に走らせた…と逃げて済まされるような種類の犯罪ではありません。

慇懃で親切な日本人と、あのような行為に平気で走る日本人との折り合いを、私にはつけることができません。

 

 

第312回:世界に最も影響を及ぼした100人

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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