第137回:サリーナス裸一掃検挙事件
私がイビサに移り住む前に、すでにイビサはヒッピーの島、ヌーディスト天国、マリファナ天国としてヨーロッパに知れ渡っていた。フランコの幻影がスペイン全土を覆っていた時でさえ、イビサでは新しい?道徳観念を持った、もしくは道徳観念のない北欧、ドイツ人がたくさん訪れ、カトリックの旧態依然としたスペインのモラルに衝撃を与えていた。イビサで一夏を過ごしたと言えば、ハハーン、マリファナを存分に吸い、フリーセックスに明け暮れてきたと思われたものだった。だが、当時、スペイン全土でマリファナは禁止されていたし、ビーチで素っ裸で日光浴するのも法律違反だった。
スペイン広場<Plaza de España, Madrid>
グアルディア・シビル(Guardia Civil)
マドリッドの観光名所、スペイン広場(Plaza de España)で、上半身裸で涼んでいた北ヨーロッパからの若者(男性です)がグアルディア・シビル(Guardia Civil;黒いエナメルのボナパルト帽を被った治安警察)に注意され、素直にシャツを着れば問題なかったのだろうけど、その警官と口論を始めたところ、その警官はやおら警棒で、上半身裸の青年をメッタ打ちにし、後ろ手錠を掛けて連行したのを目撃したことがある。
イビサ全体のムードとして、島のお巡りさんも役人も、外国人が好きでやるなら、彼らの問題だ、それに他に産業のないイビサにとって、ヒッピーじみた観光客でも来てくれないと困る…と鷹揚に構えていた節がある。それにまだヌーディストビーチは全島に広がっておらず、サリーナス(Salinas)の海岸に限られていたから、イビサの官憲もサリーナスだけなら…と目をつぶっていたのだろう。
私のアパートの階下にアメリカ娘のヒッピー、キャロルが住んでいた頃だから、私のイビサ1年目のことだろう。キャロルが『カサ・デ・バンブー』に飛び込むように入ってきて、サリーナスでの裸一掃検挙のニュースをもたらしたのだ。何でもスペイン本土から特別派遣されたグアルディア・シビルがサリーナスの海岸を挟み撃ちにするように両サイドから突如現れ、キャロルは悲鳴を聞くや、何が起こっているかを悟り、浅瀬に向かって半ば潜るように泳ぎ、この逮捕劇を免れたと言うのだった。一緒にいた彼女のボーイフレンド、フランス人のポールとテキサスから来ていた、どこもかしこもテキサスサイズの女友達は、事態の飲み込みが遅く、連行されてしまった。警察署へ行ってなんとか釈放してもらうよう、私に掛け合ってくれないか…と懇願するのだった。
当時のスペインの警察官は3種類いて、ポリシア・ムニシパル(Policía Municipal;地方自治体の警察)、これは市役所の管轄で、住民の生活に密着した刑事や交通を担当しており、ポリシア・ナショナル(Policía Nacional;国家警察)はグレーの制服を着ているところからグリース(Gris)と呼ばれ、出入国管理、犯罪全般担当で、職務により転勤がある。一番恐れられていたのがグアルディア・シビル(訳せば市民警察となるのだが、実情は国防省に属し、内務省が管理する国家治安警察)で、ダークグリーンの制服にいかついエナメルのボナパルト帽を載せ、闊歩していたものだ。
グアルディア・シビルは大都会から駐在のいないド田舎までスペイン全土を網羅していた。このグアルディア・シビルには私服もいて、タレコミ、密告を奨励していた。スペイン人、皆が皆、グアルディア・シビルを恐れることは尋常ではない。バルで立ち飲みし、気の置けない会話をしていた相手が、急に上着の襟の内側を返すようにして、グアルディア・シビルのバッジを見せ、尋問を始めると、いい歳の爺さんの顔色がサッと変わり、唇が震え出したのを見たことがある。グアルディア・シビルへ抱く恐怖心は、スペイン人の骨身に染み込んだ第二の天性にまでなっていた。
その、泣く子も黙るグアルディア・シビルが隊列を組んで、ヌーディスト挟み撃ち一斉検挙を敢行したのはさぞかし見ものだっただろう。私はキャロルの話と翌日の地元紙『デアリオ・デ・イビサ』(Diario de IBIZA)で知るだけだが、本土から数十名のグアルディア・シビルがこのために送られてきて、素っ裸一掃作戦と相成ったことのようだった。その時に逮捕されたヌーディストは50人とも200人とも言われ、一体全体どうやって彼らを警察署に連行し、収容したのか、第一、そんなに多くの人を収容できる施設などイビサにはなかったのだ。
スペイン人は国民総背番号、“カルネ・デ・イデンティダ(carné de identidad;身分証明書)”を老いも若きも常に持ち歩かなければならない。運転免許ならぬ歩行免許のようなもので、警察が尋問を開始するのは、まず“カルネを出せ、見せろ!”で、持ち歩いていないというだけで逮捕されたのだ。外国人に対しては、一応パスポートの携帯が義務づけられてはいるが、ビーチで日光浴をするのに、パスポートを持っている人はいないだろう。
サリーナス(Salinas)の海岸
城塞内の牢獄に特設収容所ができていた
キャロルに泣き付かれても、私にはゴメスさんの倉庫でピストル射撃練習の時に一度だけ知り合ったイビサ在住のグアルディア・シビルがいるだけで、コネと呼べるほどのものではなかった。私はキャロルより多少スペイン語をこなせ、スペインの政治、警察事情を知っているというだけだ。キャロルの部屋に置いてあった、フランス人ポールとテキサスの女性のパスポートを持って、郵便局の裏手にある警察署に、マア、ともかく行ってみるかと出向いたのだった。
幸い受付の女の子が、『カサ・デ・バンブー』の客で顔見知りだった。彼女は逮捕された人たちは、旧市街、城壁の中の牢獄に特設された収容所にいるはずだと教えてくれたのだった。私はヒッピー然としたキャロルが巻き込まれることを恐れ、彼女をロスモリーノスに置き、一人で特設収容所に向かったのだった。
収容所といっても鉄柵があるわけでなし、中世に造られたいくつかの大きな石造りの部屋に雑然と突っ込んでいるだけで、逮捕劇を演じたグアルディア・シビルはそれで役目が終ったというところなのだろうか、警備しているのはイビサ市のポリシア・ムニンシパル(地方警察)だった。いつもイビサ港のゲートを監視しているお巡りがうんざりした表情で廊下にいた。彼に事情を話し、友人が二人拘束されているが、彼らのパスポートを持ってきた、よって彼らの身分は証明されるはずだから、面会させてくれと交渉したのだった。その便宜的収容施設に一歩踏み入れるや、まず耳を打つような叫び声、わめき声に迎えられ、そして日焼けローションのココナッツの臭いが鼻を突いた。
二人のパスポートをクダンのお巡りに渡し、2時間近く待たされた挙句、本来なら面会は許されないのだが、例外的に調書を取るための通訳として立ち会うことができたのだった。私の英語もお粗末なものだったが、テキサスの彼女のスペイン語は“アディオアス、グラシアス”レベルだったのだ。
彼女が、「アメリカ大使館に電話させろ、英語の分かる弁護士を付けろ」と叫ぶのを、私はいい加減うんざりし、聞き流し、およそ調書とは関係のない説得をしなければならなかった。まず、「いいか、ここはまだフランコの幻影がさ迷っている旧態依然とした警察国家スペインなのだ。もしお前がアメリカで当然なのかもしれない“権利”を振り回すなら、何日も、否何週間も拘留されることになる可能性が高くなる、ともかく、この国で軽犯罪を犯したのだから、素直に調書を書き、サインした方がいい。例えば、お前の国のコニーアイランドのビーチで、スペイン人が素っ裸で闊歩したらどうなるか考えてみろ…」とやったのだ。やりきれなかったのは、彼女が私を警察の回し者のように疑ってかかっていることだった。ポールの方は事態を飲み込むのが早かった…。
その日の夕刻に、二人はキャロルのアパートに帰ってきたから、警察の方でも、彼らだけでなく何十人もの喧しい裸族に夕食を与え、一晩泊めるのが面倒になったのだろう。二人はキャロルと一緒に『カサ・デ・バンブー』にお礼かたがたやって来た。出所祝いだとスペイン産のカバ(cava;似非シャンペン、スパークリングワイン)を開けた。
彼らは、それにしても、スペインのやり方はひどい、有無を言わせずに連行され、薄着のまま寒い石造りの部屋に押し込められた、全くこちらの言い分、権利などを聞く耳をもたない…と、愚痴をタラタラ溢し、スペイン、イビサを悪し様に言うのだった。私はスペイン人がよく外国人に対して言うように、“それなら、自分の国に帰ったら…”と言いたくなるのに堪えた。
彼らを救ったのはキャロルの機転だった。大のマリファナ・ファンだった彼らが持っていたマリファナとそれを巻く紙を、キャロルが海に逃げた際、海に流したのだ。もし、マリファナを所持していることが見つかったら、事態はさらにヤヤコシクなっていたことだろう。
どのような命令系統でサリーナスの裸一掃作戦が行われたのか知らないが、その一度だけしか裸掃討作戦は行われなかったと思う。その後、2週間と経ずして、サリーナスはまた元のヌーディストビーチになり、それだけでなく、イビサのすべてのビーチがヌーディストに占拠されるようになるまでにそう長い時間はかからなかった。
-…つづく
第138回:ハイアットさん家族 その1
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