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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第425回:アイデンティティー(Identity)とは…

更新日2015/08/06



英語でこの言葉"Identity"は幅広く、よく使われる言葉です。略してIDと呼ばれることも多く、最近では、個人情報を盗む"ID泥棒"なども活躍し始めましたので、生年月日、社会保障番号、運転免許番号などは、他人に知られてはならないクレジットカードの番号と同じように人目に触れないように、大切な秘密にしなければいけません。

この"Identity"の日本語訳をうちの仙人に尋ねたところ、「自己同一性」と教えてくれましたが、どこの誰がそんな中国語をつなぎ合わせた長ったらしい言葉を使うのでしょうか。このコラムでは、できるだけ英語を使わないで書こうという私の"主義"をあきらめ、ここでは「アイデンティティー」とカタカナ英語を使うことにします。

誰にでも他人に成りすます、一種の変身願望のようなものがあるのでしょう、怪人二十面相とかサエナイ新聞記者のクラーク・ケントがスーパーマンに変身したり、スパイ大作戦の映画のように鮮やかに変装したりする物語はいつも人気を呼びます。考えてみれば、筆名、芸名を持つ有名人も二重のアイデンティティーを使い分けていることになります。

元々、私たちのアイデンティティーなるものには、自分で選択できない要素、部分が大きく、私がアメリカの中西部のド田舎にコーカソイド(白人)の女性として生まれたのは、別に私が好き好んで選んだり、築き上げたアイデンティティーではありません。

この人種、性別、生まれた場所によって規制される国籍などは、本人の意思とは無関係に生涯付いて回るものだと思っていました。国籍は相手の国の事情が許せば変えることは可能ではありますが。人種と性別は変えることができませんから、天から、神様から与えられた条件として受け入れ、その条件の下で自己を磨きながら生きていくより他ありません。

ところが、先学期初めて、生まれた時に男性、女性の区別が明確でないないまま両親が女性として出生届けを出し、成長するにしたがって男性としての肉体、精神の特徴が顕著になってきて、大学に入る前に本人が自分は男性である…と認識し、公式的に性別を女性から男性に変えた生徒さんに出会いました。授業の中で、私も「彼、he」と呼ぶところを「彼女、she」と呼んでしまったりして、謝ったり、赤面しました。

アメリカのアマチュアスポーツ界では立志伝中の英雄、一番キツイと言われている近代十種のオリンピック金メダリスト、ブルース・ジェナー(Bruce Jenner)さんが65歳になって、私は本来女性であるべきだった、性転換をしてこれからは女性として生きていく…と宣言し、なんだか整形手術を繰り返し、漆喰を塗り込めたような立派な容姿をグラビア雑誌やテレビに晒しました。こうなると、天から与えられたと思っていた"性"のアイデンティティーも本人の意思で変えることができる世の中になってきた…と言えそうです。IDカードや運転免許、パスポートに記載されている性別は絶対的なものでなくなりつつあるのです。

先日、マイケル・ジャクソンのドキュメンタリー映画を観ました。ジャクソン・ファイブのチビっ子として登場したときのカワイらしい顔は整形を繰り替えしたのでしょう、例のオバケのような白人の顔になっているのは悲惨でした。どのような精神状態、心理が黒人であるアイデンティティーを捨てさせ、白くなろうとしたのでしょうか。ポップの王様とまで呼ばれ、そのままで十分以上に人気があり、評価されていたのに、黒から白になることを選んだのです。

彼のIDカードの写真は黒人時代のものなのでしょうか、それともお化けのような白人のなのでしょうか。これだけ整形手術が発達しては、人種を識別し、本人確認をするための写真は意味がなくなってしまうことでしょう。

ワシントン州の東にある町スポカーン(Spokane)の有色人種地位向上協会(NAACP)で働いていたレイチェル・ドレザール(Rachel Dolezal)さんはとても有能な上、地域の黒人の尊敬を集め、なくてはならない人になっていました。写真で見ると、チジレ髪、オリーブのような肌、生き生きとした目を持つとても魅力的な女性です。白人としても、ラテン系としても、黒人としても通用するような容姿の持ち主です。

ところが、彼女の両親が、娘は先祖代々、まったくの白人で黒人の血は一滴も入っていない…と打ち明けたのです。アメリカでは一滴でも黒人の血が混じっていると、社会的には"黒人"として分類されてしまいます。

NAACPは黒人の地位を向上させ、差別をなくそうという先進的な団体です。そこで、自分は黒人であるとしてレチェルさんが活躍していた、自分のアイデンティティーを偽って働いていた、周囲の黒人を騙していた、ウソをついていた、本来なら当然黒人が就くべき仕事を白人のレイチェルさんが奪っていた、というのが大きなスキャンダルの源のようです。

確かに、レイチェルさんが自分は黒人だとして職に就いていましたが、一体それが何だと言うのでしょう。色の浅黒いプエルトリコ人、ラテン系の人、アメリカンインディアンを祖父に持つ非白人でも、アフリカの黒人の血が混じっていない人は大勢います。皮膚の色がアイデンティティーになる時代ではないのです。真っ白いお化けのような顔になったマイケル・ジャクソンのような元黒人もいて良いし、精一杯陽に焼いてチジレパーマをかけ、黒人になる白人がいてもいいのです。

第一、私たちの先祖を辿ると、地球上の人類は皆が皆、アフリカ系原人にたどり着くというではありませんか。犬や馬の品評会じゃあるまいし、人類にどこのどんな血が混ざっていることを問題にするほうが狂っているのです。

往年のバスケットボールの黒人名選手カリーン・アブダル・ジャバール(Kareen Abdul-Jabbar) は、ユニークなエッセイを書くことでも知られていますが、彼は『Time』誌でレイチェル女史は非常に優秀であり、黒人の地位向上のために親身になって働いた、これからも第二、第三のレイチェルが現れることは大歓迎だと書いています。レイチェルさんが黒人として生きるなら、それでいいではないか、元々、アイデンティティーとしての人種など、取るに足りないものだからとも言っています。

私も付け加えて、白人に変身する黒人、東洋人、ラテン系の人がどんどん出てきて、ますます人種を混乱させてくれることは大歓迎です。しかし、白人になっても良いことなんか何もないのですが……。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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