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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第411回:授業料のインフレと学生ローンの実態

更新日2015/04/30



私が勤めている大学では、先生に"学生よろず相談時間"を週に5時間設けることを義務付けています。あまりマジメに義務を果たしていない教授が多いのですが、人気の教授のところにはいつも生徒さんがワイワイ集まっています。あんなに四六時中生徒さんが出入りしていては、とても自分の研究などできないのでは…と余計な心配をしたくなります。それとは逆に、授業に直接教室に出向き、全く自分の研究室に足を踏み入れない教授もいます。

私の場合は…生徒さんの出入りが多い方でしょう。現在進行形の授業や勉強についてならまだしも、5、6年前の生徒さんまで顔を出します。

去年日本語と言語学を取ったキモ君はとても恥ずかしがりで、頭の回転が速いとは決して言えないタイプですが、集中力があり、一つのことをジックリ考え、着実にこなす良い学生でした。彼は今年卒業しますが、修士課程をロンドン大学の日本歴史科に申し込み、受け入れられ、イギリスに行く予定でした。

ところが、キモ君、アメリカ政府が行っている学生ローンに6万ドル(700万円くらい)の借金があり、また物価の高いロンドンで暮らすには年に学費を含め4万ドルほどは掛かる…と言うのです。そうなると彼が修士課程を終えるまで10万ドル(1,200万円相当)の借金を抱えることになります。ローンですから当然利子が付きます。サラ金ほどではありませんが、現時点で6%です。と言うことは、利子だけで年に72万円相当になる計算です。親に頼らず自分で何とかしようとやってきたのは立派です。しかし、それにしても大学の学費は高すぎますね。

私の働いている大学は州立ですから、コロラド州の住民には安い授業料、他の州や外国からの生徒さんには高い授業料と2本立てです。どちらにしても、田舎の大学ですから、東部有名校や西部カルフォルニアの州立大学などと比べ、とても安く、それがひとつのチャームポイントになっています。

3食付の学生寮に入ったとしても、年間7,000~8,000ドル(80~90万円)は掛かります。(ちなみに、私立のプリンストン、ハーヴァードの場合だと、授業料だけでおよそ3万ドル内外です。生活費を入れると年間400~500万円相当かかるでしょう)

私自身も学生ローンを利用しました。冗談めかした自慢で、"私はアメリカにあるすべてのファーストフードレストランで働いたことがある"と言っています。大昔のことなので、現在とは比較できませんが、それでも7,000ドルのローンを抱えて卒業し、その後すぐに日本のブリタニカ英語スクールで教え、他にプライベートレッスンなどをして、1年でそのローンを返却してアメリカに帰り、修士課程に行く資金まで作ることができました。日本は本当にアリガタイ国で、英語や西欧の言語を教えるだけでお金を残せる珍しい国です。

そんな話を私が授業中にしたのでしょうか、キモ君もロンドン大学から1年の猶予をもらい、まずは日本へ出稼ぎに行き、そこで日本語にも磨きをかけ、次のステップへの資金も残す計画を立てたのです。日本の駅前語学学校に願書を出したところ、あっさりと採用され、1年契約で日本で暮らすことになったのです。

現在、アメリカ全土に1,060万人の大学生がいます。これは小さな国並みの人数です。そのうち、何らかの形で学生ローンを利用している学生、卒業時に借金を抱えている学生は80%以上になります。どうして、こんなことになってしまったのか理由は明らかで、授業料がファーストフッドでアルバイトをして払えるような金額でなくなり、また学生さん自体の生活もドンドン派手な消費文化にドップリ浸かるようになってきたからです。

私の大学でも、優秀な学生には授業料が免除になるシステムがあります。ところが、そんな"優秀な生徒"さんは一体どこに隠れてしまったのか、私の授業には現れません。たった一人授業料免除の"優秀なスポーツ選手"であるフットボール選手がいます。これがまた、体は立派でも頭は髪の毛を乗せる土台でしかなく、満足に読み書き(国語の英語ですよ)もできないタイプなのです。

授業料が高くなる原因の一つは、彼のように授業料免除になる学生が沢山いて、そのしわ寄せが普通の学生にきていることもあるでしょう。大学スポーツが大きなビジネスになり、どこの大学でも優れたスポーツ選手を高校からリクルートしてきます。彼ら、彼女らは当然授業料免除、試合と練習に忙しく、とてもまともに授業に出てきませんから、個人指導の先生を付け、栄養士が特別に作った食事、などなどの特権があるうえ、授業料免除だけでなく、スポーツ奨学金ももらえます。エリート大学のノースウエスタン大学では、フットボール選手に年間6万ドル(700万円相当)の奨学金を与えています。

アメリカの有名大学100校を対象にした調査(Christian Science Monitor, 2014, May 26, CNN news)では、生徒の52%が特権優待されているとあります。その内の圧倒的多数がスポーツ選手で、それに続き、代々その大学に膨大な寄付をしている家族の師弟たちがいます。半分もの学生さんがまともに授業料を払っていないのですから、その分普通の学生さんが払う授業料に跳ね返ってくるのは当然です。

そして、問題のスポーツ学生の頭の中身です。スポーツ、とりわけバスケットボールで有名なノースカロライナ大学でスポーツの選手の個人指導、個人授業を担当してきたメリー・ウイリンハム(Mary Willingham)先生は、選手の60%は4年生から8年生(日本の小学4年生から中学2年に当たるかしら)の読み書きしかできず、8~10%の選手は、小学3年生以下の学力しかなく、さらに毎年何人かは、全くの文盲だと言うのです。

ヤレヤレ、これでは大学の質を高めようと、一生懸命教える気もなくなるというものですよ。

逆にカルフォルニアのエリート大学、スタンフォードでは、親の収入が年間12万5,000ドル(1,300~1,400万円相当)の学生は授業料免除、6万ドル以下の家庭の子供は授業料だけなく、生活費(3食付の学生寮)も無料という、素晴らしいことを実行し始めました。

驚いたのは、基準の年収12万5,000ドルという高さです。収入だけから言えば、それ以下の収入の家庭はアメリカ全土で80~90%に及ぶでしょう。入学試験がないアメリカの大学ですから、入学手続きさえすれば誰でも即入れるか…と言えばそうではありません。高校の内申書を有名大学ではそれに加え、SATテスト(全米統一の学力テスト)の結果を添えた願書を提出しなければなりません。その出願者がスタンフォードに受け入れられる確率は5%以下で、20~30倍の狭き門なのです。それは東部の有名大学でも似たようなもので、奨学優待でなく、普通に授業料を払っての入学でも出願者の90~95%は受け入れてもらえません。

厳しい制限があるにしろ、ともかく貧乏な人(年収1,500万円を貧乏を呼びますかねぇ…)でもスタンフォードならタダで行けるのですから、それは素晴らしいことです。

もし、アナタの両親がそのカテゴリーに入るなら、ひとつスタンフォード大学に願書を出してみませんか?

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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