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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第413回:川の水と大気汚染の関係

更新日2015/05/14



春のハイキング、キャンピングのシーズンになりました。雪が残っているので、まだとても山には登れませんが、ロッキー山脈の裾野にはたくさんの峡谷が走っていますから、谷間のハイキングという手もあるのです。それに隣のユタ州、ニューメキシコ州まで足を伸ばせば、砂漠や砂丘のハイキング、西部劇の舞台になるモニュメント・オブ・ヴァレー(巨大な奇石が瓦礫の荒野にそびえている)が立ち並ぶ荒地でキャンプができます。これらの場所は、夏になると猛烈な暑さになり、まるで鍛冶屋の釜の中のようになりますから、歩き回るには春が一番良い季節です。

どこへ行くにしても一番重いのは水です。車で入り込めるところなら、6ガロン(約24リットル)の大きなポリタンクを二つか三つ積んで行きます。ですが、山や沢に入り込む時は小型のテントや乾燥食品などすべて持ち歩かなくてはなりません。そうなると、一番重いのは水です。そこで大枚をはたいて造水器に近いフィルターシステムを買いました。これで99.何パーセントかのバクテリアなどを取り除くことができると効能書きにあります。加えて浄化剤(ヨードチンキ、塩素のような殺菌剤)の錠剤も仕入れ、どこの川の水でもこの魔法のフィルターに秘密の錠剤で、安全でおいしい飲み水に変わるのです。これからもっと身軽にどこででもキャンプできるとホクソエンでいました。

通常、山でキャンプするのは木々の生息ライン(ツリーライン)が岩山になる3,400~3,500メートルの高さですから、渓流は雪解け水かまれに湧き水です。これ以上には鉱山も工場も、放牧地もありませんから、水を汚す凶源は全くない、だからそのまま飲んでも全く安全で、しかも秘密兵器のハイテクフィルターを持ち歩いているのです。

ところがガイドブックを読んで驚きました。私たちのハイテクフィルターをスイスイ通り抜けてしまう有毒な鉱物がたくさんあり、ほとんどの川の水はフィルターを通しても、煮沸しても飲み水に適さないと書いてあるのです。国立公園のレンジャーや森林保護官に訊いても、飲まないほうが良い…と、奥歯に物の挟まったような返事しかしてくれません。

このような悪いモノは空からくるというのです。大気汚染は雲と混ざり、黒い雨になって川を汚しているというのです。ダンナさんは、「俺がガキの頃は、どこの川の水でも飲んでいたけどな~」とまるで"ウサギ追~いし、かの山~…"の時代、時代錯誤と言った方が当たっているかしら、のようなことを言っています。

一体、アメリカの川に清流のイメージはありません。私たちがよく遊ぶ、グランドキャニオンを造ったコロラド川、その支流のガニソン川も川底が全く見えないほど濁っています。私が育ったミズーリー州を横切るミズーリー川、カンサス川もドヨーンと濁った出涸らしコーヒーのような色です。明治維新後に日本に来たお雇い外人エンジニアの誰かが、日本の河川を見て、「こりゃ、川でなく滝だ」と言ったそうですが、日本の川は一見、非常に澄んでいてキレイです。ですが、雨水にすでに有毒物質が混じっていたのでは、見かけ倒しです。

悪役の筆頭は、石炭、重油を燃やす火力発電所です。吐き出す煙に炭酸ガスだけでなく砒素、クロム、水銀などが含まれていて、それらが雨水になって、川を汚す大きな原因になっているのだそうです。どんなモノでも、燃やせば煙と灰が出ます。アメリカの川を汚しているのは、大量に石炭を燃やしている火力発電所です。石炭の灰は法律で一応、埋め立てなければなりません。ところが、去年、ノースカロライナ州のダン川で起こったように、大雨が降り、灰の埋め立て穴に流れ込み、それが溢れ出てダン川を一挙に死の川にしてしまいました。

これは特に珍しい事件ではありません。マサチューセッツのチャールス川、オハイオ州のアシュタブラ川、ヴァージニア州のジェイムス川などは、大掛かりな"川掃除"をしなければならないほど汚れてしまいました。火力発電所は、石炭から値段が下がってきた天然ガスに替えようとしています。

ところが、もしすべての火力発電所を石炭から天然ガスに切り替えると、炭鉱夫など鉱山関係者、石炭の輸送に関わっている人たち31万人が失業してしまいす。それがネックになり、鉱山関係者が多く住む谷間の町や村では川の汚れより、山が閉鎖になり失業することを恐れ、河川浄化運動にブレーキをかけています。

石炭の灰を利用したセメント、コンクリート、建築資材を作る動きもありますが、アスベストほどではないにしろ、有毒鉱物を含む灰の混ざった建材を学校や住宅に使うのは無理があります。

地元、ノースカロライナにあるデューク大学の先生たちが積極的に川の水質検査などを行っていますし、自然保護団体も調査に参加していますが、政治と結びついた底なしの資金源をもつ電力会社の前では、鬼に立ち向かう一寸法師の戦いのように見えます。

最期には一寸法師が鬼をやっつけたように、アメリカにきれいな川が戻ってきて欲しいと願っているのは、私だけではないとは思うのですが…。

 

 

第414回:求職活動とジョブ・フェアー

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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