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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第497回:万里の長城 The Great Wall of America

更新日2017/01/26



中国の歴史は、北からの外敵をいかに防ぐかに明け暮れていたようにさえ見えます。広い国内での権力闘争の合間にも、北から進入してくる武装した勇猛果敢な遊牧民たちに常に目を配り、恐れていたように見えます。

それならば、長大な城壁を築いてしまえと万里の長城を築いたのでしょうけど、そんな城壁に遊牧民の侵入を防ぐ効果が全くなかったことはジンギスハンが中国全土を制覇したことでも明らかです。確かに、2000年後に観光資源として役に立ってはいますが…。

数年前にベルリンを訪れた時、汚れたベルリンの壁のごく一部が記念として遺され、チェックポイント・チャーリーとともに観光客を呼び集めていました。この壁をトンネルやハシゴ、ロープで無事に乗り越え、西に逃亡した者は5,000人、見つかって命を落とした人は138人だそうです。

現在も地球上のあちらこちらに壁があります。トルコはシリアとの間、900キロに渡りフェンスのような壁を建設しましたが、シリアからの難民はそれを乗り越えてトルコに入ってきています。サウジアラビアとイラクの間、966キロにも壁があります。

悪名高いのは、イスラエルがパレスチナ人の難民侵入を防ぐためにウエストバンクを取り囲むように、高さ24フィート(7.3メートル)の頑丈な塀を676キロに渡り築いたものでしょうか。

さてはて、私の国アメリカです。2006年、ブッシュ大統領の時、議会が承認してメキシコとの国境に1,227キロの塀を築いています。現状では、メキシコの国境3,146キロのうち2,093キロに塀がありません。そんなことでは大量の不法移民の侵入はとても塞ぐことができない、国境全線に高さ18フィート(5.5メートル)のダブル城壁を建設し、機動的なパトロールができる道路を通すというのが、トランプ大統領の案です。

その塀は二重の鉄フレームの間にコンクリートを流し込み、その上に鋼鉄のフェンスを取り付け、さらにその上部にカミソリの刃がついたバラ線を渦巻き状にし、部分的には電気を流す…という念の入れようで、かつ要所要所にモーションディテクター付の監視カメラタワーを配置すると、まるで大蔵省の大量の金塊を守るような、もしくは極悪犯罪人ばかりを収容している刑務所の態勢なのです。

このすばらしいトランプの長城にかかる費用ですが、彼の見積もりでは10~12ビリヨンドル(110~130億円)ですが、土木の専門家はその倍かそれ以上の15~25ビリヨンドル(165~185億円)はかかると言っています。それに対しトランプ大統領は、建設費用は全額メキシコに払わせる…と息巻いています。

日本が駐留米軍の費用を全額払っていないということを知り(実際は大変な分担金を払っているのですが…また、それまで知らなかったことの方が驚きです)、日本が全額払うべきだと言うくらいですから、我がトランプさんの国際感覚は推して知るべしなのかもしれません。どちらにせよ、メキシコが「ハイハイ ソーデスカ」と醜い壁の建設費用を払う気遣いは無用でしょう。

現場の人たち、国境警備隊、人狩りを楽しんでいるようにしか見えないボランティアの自称パトロール隊(大半が元軍人、国境近くの牧童です)でさえ、そんなトランプ・ウォールは全く役に立たないと言っているのには驚きました。

地上にすごい壁を作ったところで、メキシコ人は地下トンネルを何本も掘るだろうし(現にレールまで敷いたトンネルが見つかっています)、膨大なコンテナトラック(主に農産物をアメリカに運ぶためのクルマ)の通関検査は、アットランダムに2、3%しか行っていないし、また国境の4分の1を占める河川がある…というのです。

そしていくら高い塀を作ったところで、それ以上高いハシゴを使えば簡単に越えることができる、アメリカの大手のホームセンターはメキシコにもたくさん支店を持っていますが、すでに大量の8メートルのハシゴをストックしている…というウワサがあるくらいです。

現代の国境城壁は、古代中国の万里の長城が武器を携えた侵略者を防ぐためのものだったのとは違い、食うや食わずの難民を相手にしているのです。武器を持って国境を越えてアメリカにやってくるメキシコ、サルバドール、グァテマラ、ホンジュラスの難民はゼロといってよいでしょう。したがって、彼らが武力でアメリカを乗っ取る可能性は全くありません。

しかし、アメリカでのヒスパニック(ラテン系のスペイン語を話す人たちをひとまとめにしてそう呼んでいます)が現在でも人口の30%近く占めており、2050年には50%を越すと見込む社会学者がいるくらいですから、増大するヒスパニックに危機感を持つ保守的な白人がたくさんいますし、増えています。でも元をただせば、トランプ家もスコットランドからの移民、アメリカ人はインディアン以外すべて移民、難民の子孫なのですが…。

そんな、白人至上主義の保守的な人たちのサポートを受けたトランプ大統領は、盛大に打ち上げた花火を消すわけにもいかず、盛大な政治的無駄の象徴としてトランプ・ウォール、アメリカ版万里の長城を築くことになるのでしょうか。

鉄とコンクリート、バラ線の醜い塀は、数十年後に政治の愚かさの残骸として僅かな観光客を呼び集める可能性はありますが、とても中国の万里の長城のような観光資源にはならないでしょうね。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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