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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第467回:古代オリンピック その1

更新日2016/06/02



オリンピックの人気が衰えたとはいえ、まだ世界的なスポーツの祭典であることに変わりはありません。何でも、昔の東京オリンピックの時に日本でカラーTVが爆発的に広まった(普通の白黒TVは、今の天皇が皇太子の時に民間人の美智子さんと結婚し、そのパレード、儀式を見るために一挙に普及したと聞きました)といいますから、経済的な効果も相当期待できるのでしょうね。

カンザスに住むウチの父母もついにケーブルTVと契約し、それにフラットなデジタル液晶テレビをリオのオリンピックに向けて買いました。多分に、昨年地元のプロ野球チーム"カンサスシティー・ロイヤルズ"がワールドシリーズで優勝したのに、ケーブルTVがないため"貴重な"試合を見ることができず、父が悔しい思いをしたからかもしれませんが…。

TVの放映が始まり、誰でもオリンピックを実況で見ることができるようになり、各競技自体も変わったと言ってよいでしょう。観る人にとって、より分かりやすく、面白く、興奮させてくれるように変化してきました。これが古代オリンピックのように、スタジアムの観客だけ、それも競技者も観衆もオトコだけに限られていては、とても全世界規模の競技会になり得ません。

クーベルタン男爵が近代オリンピックを再開した時ですら、TV放映はありませんでしたし、奇妙なアマチュアリズムが支配的で、選手の大半はいわばエリート、ブルジョアクラスの子弟で、イギリスならオックスフォード、ケンブリッジ、アメリカならアイビーリーグの学生ばかりでした。

水夫や漁師は海に関係したプロで、アマチュアではないから水泳に出場できない、いつも筋肉を使っている鍛冶屋は、砲丸投げや重量挙げには出られないと決められていました。貧乏な人は飛んだり跳ねたりに無駄なエネルギーを使う時間もお金も場所もありませんから、そうなると貴族のお遊び大会になっていました。

古代オリンピックの選手たちは、専門のトレーナーがいる謂わば選手養成所のようなところでプロ中のプロとして鍛えられました。競技の様子はアンフォラ(壷)に描かれていますし、たくさん記録が残っていますから正確に知ることができます。

格闘競技は、それにしても残酷で、現代のプロレス、ボクシングが子供の喧嘩に見えるほどです。一応、目を指で潰すことと、噛み付くことだけが反則でしたが、その反則行為を行っている絵も残っていますから、反則負け…なんて判定はなかったのでしょう。急所蹴り、潰しもありなら、首を絞める、骨を折るのもありで、手を逆にとって指を折るのを得意にしていた選手もいました。

今の競技と大きな違いは、優勝者だけがすべての栄誉を担い、2位、3位などがなかったことでしょう。2位でも1位の人に負けたのですから、負けは負け、不名誉なことに違いないと考えていたようです。もっとも、優勝者以外、一度でも負けた選手は死ぬか、良くて片輪になったからでしょう。

そんな残酷の極みのようなレスリングで6回、24年間も優勝し続けたミロ(マイロ)はヘラクレス(ハーキュリー)の再来だと担ぎ上げられましたが、実のところは、精神異常者、キチガイの乱暴者で、オリンピックで優勝し、故郷の村に帰った時、自分の力を見せるために寺子屋、学校の柱を引き倒し、屋根を落とし、60人の生徒を死なせた…と言われています。

これは格闘技だけではなく、当初、直線の短距離、あとで急なカーブを柱に回るように折り返す中距離も加えられましたが、選手は一旦スタートを切って走り出すと、肘鉄、手を引っ張る、足を掛けて転ばす、なんでもござれの乱暴極まりないものでした。

戦車競技は、映画『ベンハー』で有名になった馬車競技ですが、競争相手の邪魔をする、ムチを振るう、コースを斜めにカットインし、競争相手の馬を傷つけ、転倒させるなどなど、何でもありの競技でした。

もちろん、古代オリンピックの競技はすべて戦いに結びついており、目的はより強い兵士を作り上げるという一点に絞られていましたから、スポーツマンシップ、フェアープレイなどあることすら知らなかったことでしょう。

もう一つ、古代オリンピックが現代と違うのは、競技はすべて素っ裸で行われ、観客もオトコだけだったことでしょう。覗き見根性で、女性が観衆に紛れ込んだ史実がないものかと調べたところ、やっぱりいました、いました。この女性、息子の勇壮を見たくて観衆に紛れ込みましたが、ギリシャのトーガのような長いケープを着ていても、(観衆は裸ではありません)女性だとバレ、つるし上げを食っています。普通なら目を潰すとか、片輪にされる刑になるところでしたが、彼女がアテネの貴族の家系であったところから、放免になっています。

さらに大いに賭けの対象になってもいました。 組織だった賭け屋が居たわわけではなさそうですが、競技者が出る村や町、ポリスの住人はこぞってオラが村人の勝ちに賭けており、これでよく喧嘩にならなかったものだと思わせます。 案外、競技より賭けの方が"公明正大、紳士的"に行われていたのでしょうね。

<…その2へつづく>

 

 

古代オリンピック その2~古代オリンピックの精神を持った日本人

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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