第478回:教員不足と教員の質の関係は?
また新学期が始まりました。新入生のためのオリエンテーション(日本語でなんと呼ぶのかしら、何を専攻するのか、それにはどのような授業を何単位取らなければならないかなどを説明、忠告するようなことです)の世話役を買って出てました。
幾人もの先生、職員が新入生一人ひとりに対応していくのですから、とても時間がかかり、大変な仕事です。もっとも、そのようなコンサルタント、案内を必要としないように、小さな町の電話帳くらいの厚さのある大学案内にすべて書かれているのですが、それでもよく呑み込めない生徒さん、付き添ってくる親が結構いるのです。
大学に入り、希望に燃えて、これから新しい生活を始める生徒さんに接するのは、私自身を新鮮な気持ちにしてくれます。
私が働いている大学はこれと言って特徴のない地方の総合大学です。生徒数が1万1,000人を越えていますから、地方の州立大学としては大きい方と言ってよいでしょう。キャンパスは町の中心にあり、周りの家をどんどん買い取って潰し、学生寮や校舎を建て、アメリカ中の大学が生徒集めに四苦八苦しているのを尻目に、大いに発展し続けている珍しい大学かもしれません。
その発展の理由は、犯罪が多い他の大きな大学町に比べると、この小さな田舎町は比較の問題ですが、安全なところですし、授業料が安く、生活費も安い、海こそありませんが、周囲が山に囲まれていますから、最近急に流行り出した感のあるアウトドア活動の場がフンダンにあることでしょう。
専門のコースはちょっとやりすぎじゃないの? というほどたくさんあり、機械、工学、土木、建築、コンピュータサイエンス、そして果てはプロの俳優、役者になる演劇科、バレー、ダンス、音楽科ではピアノ、ヴァイオリンなどから、ジャズまであります。芸術学部にはアニメ製作コースまであるのです。
もちろん音楽学部や芸術学部の生徒さんがすべてプロの演奏家、芸術家になれるはずありませんから、私としては教職過程を同時に取ることをお薦めしています。それは英文科やスペイン語などの外国語を専攻する新入生にも当てはまることです。
ともかく先生のライセンスを取りなさい、将来役に立つことがあるかもしれませんよ、と言うわけです。それに、コロラド州では小、中、高校の先生が絶対的に不足していますので、少しでも多くの学生さんに先生になってもらいたいという私自身の願いもあります。
ところが、コロラド州全体で2011年に教職過程を専攻した学生総数は1万3,103人でしたが、2015年には4分の3の9,891人に減少してしまっているのです。もっと悲惨なのは、教職員過程を無事に終え、州の教職ライセンスを取得した生徒数は2011年で3,274人でしたが、2015年には2,529人しかいません。
私が働いている大学でも、2015年に217人の生徒さんが教職過程を専攻しましたが、無事に卒業し、教職のライセンスを取った生徒さんは97人しかいません。卒業率(州の教職ライセンス取得率)はなんと45パーセントです。
これは、なにもアメリカで教員資格を取るのが難しいからではありません。新入生と面接して気が付いたのですが、自分が何をやりたいか、何の勉強をしたいのか、何のために大学に入ったのか、はっきりしない生徒さんが教職過程を取ることが多いのです。もちろんそうでない生徒さん、僻地で教えたい、続々とアメリカに入ってくる移民や英語がまるでできない人たちに英語を教えたい…という生徒さんも、数は少ないですがいることはいます。
その上、私が教えている英文法、英語の歴史、言語学の授業で、最悪の生徒さんが教職過程の生徒さんなのです。外国人留学生や時折混って入ってくる工学、化学、ビジネス専攻の生徒さんの方がはるかに正しい英語を書き、優秀なのです。
他の教授たちと話す時、「アノ、教職過程の生徒どもは…」と、まさに満場一致で最低なのです。これは目を覆いたくなるほどはっきりした、どうしようもない現実です。どうにか教員資格を取ったとしても、彼女たち(圧倒的に女性が多いので)が自分で満足に正しい英語を書けない、話せないのに、どこで何を教えるの?…と嘆きたくもなります。
アメリカで先生の質が低いのは、それだけ給料も安く、職場として魅力がないからです。教職は国にとっても、子供たちの将来にとっても、とても大切な仕事です。ですが、それに見合った待遇を現場の先生にしていませんから、自然、優秀な大学生は教職を敬遠することになってしまいます。
大学に入学した時と同じように、新しく教職に就いた時は、誰でもやる気十分、溌溂として働くと思います。ところが、新しい教職員が職場に留まる率が低く、なんと60パーセントの新入先生が3年以内に仕事を辞めているのです。アメリカの教育システム自体が崩れてきていることがこのことだけでも分かります。小、中、高校で教えるにはとても大きなエネルギィーが必要なうえ、なんといっても情熱がなければやっていけない仕事です。
アメリカの教育を変えるには、教職を魅力ある職場にして、優秀な先生を作り、定着させるという…言うは安し…行うのは不可能に近いことをヤルしかないと思うのです。どうにもアメリカの教育のことを書き始めると愚痴っぽくなってしまいます。ごめんなさい。
第479回:山の遭難? それとも人災? その1
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