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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第470回:牛肉食をやめるべきか?

更新日2016/06/23



でも、一体どうして、地球温暖化の悪役として石炭や石油を使う産業ばかり槍玉に上り、牧畜産業がそれ以上の悪者だと知られなかったのでしょう。

アル・ゴアが作った映画『Inconvenient Truth(邦題:不都合な真実)』でも、地球の温暖化に反対する社会運動でも、環境保護会議でも牧畜がもたらす弊害は全く無視されています。

第一の理由は、西欧人の100%近くが肉食人種だからでしょう。アメリカでは牛肉がヨーロッパ(日本を引き合いに出すまでもないでしょうけど)に比べて異常に安く、ミルクそのものも乳製品もフンダンにあり、貧富を問わず毎日のように食べているからです。そして、牛肉、豚肉、鶏肉を提供している牧畜産業が強力な政治圧力団体、ロービーイスト(National Cattlemen's Beef Association)を組織していて、莫大な政治資金を牧畜議員に流しているからです。この団体、ロービーイストは、FBIに危険なテログループとしてマークされているほど、過去においても現在でも暴力的な圧力団体です。

肉食がいかに地球に害を及ぼしているか、再三問題にされます。牛や豚に植物の餌を与え、消化させ、太らせ、それを殺して人間が食べるのですから、私たちが直接、植物を食べるのに比べ、随分手間暇がかかり、無駄が多いことはボンヤリと想像してはいましたが、牧畜産業がこれほど地球温暖化に関与し、水を使い、川を汚しているとは想像もしていませんでした。

ハワード・レイマンさんが、『キチガイ カウボーイ(Mad Cow Boy)』という本を書きました。彼自身、4世代目になる元大牧場主で、モンタナ州に1万エーカーの牧場、牧童30人を使い、7,000頭の牛を飼っていたことがあり、牧畜産業を自分の手の平のように知り尽くしています。

ハワードさんは巨大な企業が牛耳る牛肉産業に疑問を抱き始め、次第に環境問題へと関心が広がり、自分が行っている牧畜業がいかに環境を破壊しているかに気づいたのです。彼の凄いところは、スッパリと先祖代々の牧場を売り払い、自然保護、環境問題の第一線に立って反牧畜業の闘士になったことです。

私はハワードさんことを新聞で知り、時間を逆行する形でYou tubeでオプラ・ウィンフリーのTVインタヴュー番組を観ました。オプラのTV番組は長年トップの視聴率を誇り、大きな影響力を持ち、アメリカで彼女の名前を知らない人はまずいないでしょう。

その番組で、ハワードさんは公然と大企業が牛耳る牛肉、牧畜企業を非難し、アメリカ人は肉食を控えるべきだ、肉食が環境破壊に大きく繋がっている…と静かですが確固たる口調で訴えたのです。

大企業にバックアップされた牧畜組合は、即座にハワードさんとオプラを裁判に訴えています。ハワードさんの主張は科学的事実に基づいていない反社会的な行為であり、牧場主の利益を損なったと言うのです。芸能人でトップクラスのお金持ちで、しかも、黒人開放、女性の立場の改善など、社会運動に力を注いできたオプラを裁判に訴えて出るのは余程のことで、それだけ牧畜産業の圧力団体にはお金があり、政治的なコネが強いと言えます。

この裁判は、牧畜とは別の観点、報道の自由という点でオプラが勝ちました。それにしても、ハワードさんはこれがオプラの社会的影響力なしに、個人が訴えられたら、とても勝ち目はなかっただろうと語っています。

『Cowspiracy』という記録映画を作ったキップさん(Kip Anderson)も、ハワードさんにインタビューしています。その中で、ハワードさんは、「アメリカ人の75%が環境問題に関心を持ち、節電、節水し、排気ガス規制に沿った車を運転しているが、その半分の人でも肉食を止め、菜食に切り替えたら、それだけで地球温暖化を防ぐのに大きな効果がある」と言っていました。

彼自身も菜食です。最後にハワードさん、若いキップさんに十分以上に身の回りに、身の安全に気を付けるよう忠告しています。牧畜協会が直接関与しているかどうかは別にして、反牧畜運動をしている人が殺されるケースが多いからです。なにせ相手は銃の扱いに慣れた牧童、牧場主たちだからです。

アマゾンの熱帯雨林がものすごい勢いで伐採、破壊されているニュースは、もう目新しくありません。アメリカでは時々、とても滑稽なアンチジャパン・キャンペーンが起こり、しかもTVの4大チャンネルのニュースにまで取り上げられたりします。

アマゾンの森林を破壊しているのは、日本人が使い捨ての割り箸を使うせいだというのです。1億人以上いる日本人が三食三度、割り箸を使えば、年にどれだけ、10年にどれだけの森林が割り箸になるか…と、まるでトンチンカンなキャンペーンがまかり通るのです。

さすがに、アマゾン熱帯雨林破壊イコール割り箸キャンペーンはすぐに消えました。当然です。アメリカで売られている木材、木屑を圧縮して固めた建設用パネルの100%近くはブラジルからの輸入なのですから。

アマゾンの熱帯雨林伐採は、もちろん安い木材のためですが、ここでも忘れらているのは、伐採された跡地が放牧地になっていることです。ブラジルの企業と組んだアメリカの牧畜企業が大々的に進出し、自然破壊を行っています。もちろん、これに対して大きな反対運動が起きてはいます。ブラジルの熱帯雨林を保護しよう、大企業による伐採から森を守ろうとする人たちはたくさんいますが、現地に入り込んで運動をする人の多くが殺されているのです。

殺された人の総数は1,100人になると、ニューヨークに本部を置くブラジル熱帯雨林保護団体は述べています。自然保護の立場から、穏やかな運動をしていた、尼さんのドロシー・スタングさんが殺害された事件ですらほとんどニュースになりませんでした。

チエホフ(Anton Pavlovich Chekhov)が小説『ワーニャ叔父さん』の中で、医者アーストロフに、「人間は物を作り出す力を与えられているのに、破壊するばかりだ。そうするうちに、森はますます少なくなり、川は干上がり、野鳥は消え、気候は損なわれ、土地は日に日にやせ細り、見るも無残な様相を呈している」 と言わせたのは100年以上も前のことです。

私たちにできる簡単なこと、それは肉食、乳製品をできればスッパリと止めること、少なくても今までの半分にし、肉を食べない日を週に3日は作ることでしょう。

私たちの場合は、比較的容易にできます。というのは、私自身、元々肉をほとんど食べませんでしたし、ウチのダンナさんは目の前に出されたものは何でも口に運ぶタイプですから、(きっとシベリア流刑囚に出された悪名高い"キャベツスープ"でも平然と飲むでしょうね)目の前に肉類を出さなければ、それで済みます。

でも肉食に慣れ切った人たちにとって、ハンバーガーやステーキ、ローストチキンを止めることはかなり難しいことです。と言うのは、アメリカでは肉食の方がかなり安上がりだからです。加えて、牛乳が豆乳やアーモンド乳、お米乳の半額以下で買えるからです。

ハワードさんが言うように、自分が環境問題、地球の温暖化などに関心があるなら、まず公害の最大の原因である肉食をやめるべきなのでしょうね。

 

 

第471回:歴史に《もし》はないか…?

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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