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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第491回:お金と時間がかかるアメリカ民主主義

更新日2016/12/01



大統領選挙のたびに各州、市町村、郡(カウンティー)での細目が住民投票にかけられます。

私たちが住んでいるコロラド州の投票用紙はA4を2枚を縦に糊付けしたほどの大きさで、まずトップに大統領候補の名前が並んでいます。候補者はトランプとヒラリーだけでないのです。見たことも聞いたこともない大統領候補者が数えてみると19人もいました。それから上議員、下議員の候補者の名前が並び、さらに州単位で死刑を許すか、堕胎、銃規制、最低賃金、囚人に労働をさせる(コロラド州の場合はもう労働させていますが、それを今まで侮蔑的な言葉で呼んでいたのを更正労働という用語を使うようにするかどうか)、異なる健康保険を州民全体で一本化するかどうかなどなど、細かい住民投票がなされます。

それらの項目を説明し、どのように投票するかを説明したカタログはA4の大きさで100ページにもなります。コロラド州では英語だけですから、この投票用紙と手引きのようなカタログ作るのは、まだ容易ででしょうけど、何事にも先んじて行い、アメリカの震源地みたいなカルフォルニア州では10ヶ国語に翻訳され印刷されています。もちろん日本語の投票の手引きもあります。しかもその投票のガイドブックカタログが225ページもあり、他に地方自治体の票決用のガイドブックカタログが100ページ(ロスアンジェルス市のものは96ページでした)もあり、これ全部に目を通し、理解するだけでも大変な仕事になります。

そんな投票ガイドを製作するのも大きな仕事、税金食い虫ですが、1千万部以上、使用言語に応じて配布するのも大問題になっています。

カリフォルニアの住民投票の項目には、さすがポルノ産業のメッカ、カルフォルニアだけのことはある…とたまげてしまいました。ポルノの男優さんが性交をする時にコンドームを付けることを義務付けるかどうかという条項までが、住民投票の対象になっているのです。

青少年、青少女(という言い方ないのかしら)に性病、エイズを広げないため、また、ティーンエイジャーの妊娠を避けるため、セックスは常に予防した上で行うというキャンペーンの一環にポルノスターに一役買ってもらおうとしたのでしょうか…こんなことまでわざわざ住民投票に掛ける必要がない、市会議員、州議員もいるのですからと思ってしまいます。

コロラド州のマリファナ観光に大変な貢献をしているのはテキサス人とカリフォルニア人ですが、カリフォルニア州の住民投票に今まで許されている医療用マリファナを、全面的に解禁にするかどうかという項目もあります。これはコロラド州にとっては大打撃で、マリファナの売り上げの25%の税収入が半減してしまうことになりかねません。

コロラド州がマリファナ財政で潤っていたのは、周りの州がマリファナを禁止していてくれたおかげなのです。カリフォルニア州で解禁になると、あれだけ大きな人口を抱える州ですから、他の農産物のように(カリフォルニア州は農業、果樹園、ワインの大生産地なのです)企業化された大マリファナ農園が起こり、たちまちファリファナ業界を牛耳ってしまうことになるでしょう。

コロラド州の住民投票で、私が一番そうあって欲しいと願ったのは、“コロラド健康保険”です。この懸案は日本の国民保険のようにコロラド州民すべてに州健康保険加入を義務付け、安い保険金で医療サービスを受けられるようにするというものです。オバマ大統領が始めた、俗に言う“オバマケアー”が、保険会社や共和党の妨害で上手くいかないのを、それなら州単位で、もっと進んだ健康保険システムを作ろうという、恐らくアメリカの歴史で初めての試みです。

これに猛反対しているは、もちろん健康保険会社、医療品とりわけ製薬会社です。万が一、コロラド州でこの法案が通ると、莫大な利益を上げているプライベートの健康保険会社の存在価値がなくなりますし、コマーシャリズムに乗り巨額の利潤を健康保険会社を通じてあげている製薬会社が大変なダメージを受けます。

何としてでも、他の州に飛び火しないうちに、言い出しっぺの“コロラド健康保険”法案を潰さなければならないとばかり、普段ならもっぱらワシントンに集決しているはずの医療保険関係のロビーイスト(圧力団体)がデンヴァーに詰め掛け、総額こそ明らかになっていませんが、天文学的なお金を使い、“コロラド健康保険”潰しにかかったのです。全く残念なことに、この法案は賛成20%、反対80%という大差で否決されてしまいました。

これから、トランプ大統領の元で、お金持ちはますます優遇され、オバマ大統領が始めた医療保険もなくなり、貧しい人は医療保険を払えない、貧乏人は死ね…のアメリカになっていくのでしょうか。 

 

 

第492回:アメリカの贅沢な避難民

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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